#185 10kgの小麦が製粉できない理由

「小麦があるのですが挽いてもらえませんか?」という問い合わせを時々いただきます。その小麦は小学校の生徒さんが学校で育てたものであったり、個人の方が趣味で育てたり、また農家の方が出荷用に保管しておいたものなど様々です。そこで「その小麦はどの位ありますか?」とお聞きすると、帰ってくる答えは大抵、10kgとか50kgといった少量のものがほとんどです。すると残念ですが、「申し訳ありませんが、ちょっと量が足りなくで製粉できません」とお断りすることになります。

小型の石臼であれば、1kgでも2kgでも好きな分量だけ挽くことができます。上から小麦を入れて、ぐるぐると臼を廻し、挽かれた小麦をふるいにかけると小麦粉ができます。また挽き切れなかった小麦は、同じことを何度も繰り返してやれば、好きなだけ細かくすることができます。ところが現在の製粉工場は、どこも機械が大型化し、また各工程の処理を自動化するために機械の点数の多くなり、全体として製造ラインが長くなっています。当社は現在、季節にもよりますが4.3㌧/h(時間あたり)の小麦を製粉しています。数字だけ聞けば「すごい!」と思われるかもしれませんが、これは現在の製粉工場としては最小構成で、大手の製粉工場ではどこも20㌧/h以上の小麦が処理されています。

このように設備が大型化してしまったので、製粉を始めても直ぐに小麦粉がでてくるわけではなく、工場内のラインを通過して小麦粉になるまでにはかなりの時間がかかります。これは現在の製粉方法(新着情報#158#159#160#161#162#163#164#165#166#167)をご覧になると更によく理解していただけると思います。それでは実際には小麦を製粉し始めて、どのくらい経過すると完全に入れ替わるかについての興味深い事実があります。これは2005年に香川県農業試験場の方がわざわざ調査にお越しいただいたその結果です。その方法は、前回(新着情報#184)ご紹介した電気泳動のよるもので、これにより時間経過による小麦粉の変化が手に取るようにわかります。

論より証拠。次の画像をご覧ください。これは製粉中に、小麦を「さぬきの夢2000」からASW への切替えたときに起こる電気泳動のパターンの変化を示したものです。#1~#8は実際に小麦を切り替えた後、そのパターンの経時変化で、一方9~16は二つの原料をそれぞれ下にある割合で混ぜた小麦粉のパターンです。「⇒」で示してある一番上のバンドが、「さぬきの夢2000」特有のバンドでこれが消失すると、小麦粉は完全にASWに切り替わったことがわかります。#3は20分経過後で、ここではまたはっきりと確認できます。#5(40分経過)でもかろうじてあるかないかで(個人差がありますけど)、#6(50分経過)になると完全に消えているのがわかります。つまり小麦粉が完全に入れ替わるには50分は必要だということです。

一方、#9~#16は前回ご紹介した、両方の配合比率を変えての電気泳動のパターンです。#11は「さぬきの夢2000」を5%とASWを95%混合させたもので、これは#4とほぼ同じであることがわかります。つまり切り替えて30分経過した時点ではまだ「さぬきの夢2000」が5%程度混入していることがわかります。

今度は逆に小麦をASWから「さぬきの夢2000」に切り替えた場合が、次の画像です。この場合は上から2番目に着目すると#6ではバンドがまだかろうじて見え、#7でほぼ消失していることがわかります。つまり完全に切り替わったと判断できるのは切替後60分経過したときです。こちらの方が少し時間が長くかかる理由は、このバンドの方が太いからです。

いずれにしても完全に切り替わるまでには1時間近くかかることになり、時間あたり4.3㌧の小麦を製粉していると4㌧位は両方入り交じった小麦粉ができていることになるのです。そして大製粉工場になると1時間に20㌧の小麦がラインを流れるので、単純に考えても原料が完全に切り替わるには20㌧以上の小麦が必要になりますが、実際にはラインそのものも長くなるので更に多くの小麦が必要となります。

では、「一旦ラインを空っぽにしてから新しい小麦で製粉すればいいじゃないか?」という疑問も当然湧いてきます。しかし一度、空っぽにして、製粉を開始すると、ライン全体に小麦が行き渡るまでには、小麦粉そのものの品質が安定しないし、また各工程の調整にも手間取り結局はより多くの小麦が必要となります。ということで、いずれにしても現代の製粉工場では10kgの小麦は製粉できないのです。