「臼」といえば兎がお月さんで餅を搗いている絵を連想するかもしれません(こういう絵のことを月兎図『げっとず』というそうです)。また昔は小麦や蕎麦を挽くのに使われた円形の臼もあります(蕎麦は現在も一部使用されています)。前者は「搗き臼」、後者は「挽き臼」と言いますが、それぞれ力のかかり方が違い、その用途が異なります。

搗き臼は上から杵の衝撃がかかるので、「打撃力」によって粉砕するのに対し、挽き臼は、「剪断力(せんだんりょく)」といって引き裂く力でもって、小さくします。小麦の製粉には挽き臼が適していますが、これは小麦粒を引き裂き、中の胚乳部分を取り出すことができるからです。搗き臼だと表皮も胚乳も一緒に押し潰されてしまい、小麦でんぷんは著しく傷つき、また表皮も細切れになり、粉に混入して具合が良くないのです。

歴史的にみれば、挽き臼よりも搗き臼の方が古くなりますが、小麦の製粉という点からすると「サドルストーン」が最初の製粉機ということになり、エジプトでは何千年にも亘り使用され続けてきました。では、製粉機(粉砕器)の次なる進化はどこで起こるかといえば、ストークによるとそれはギリシャで起こります。エジプトを支配してきたものは、良くも悪くも神でしたが、ギリシャ人は、初めて合理的に「何が」という言葉を使って世界の仕組みを理解しようとしました。デロス島の遺跡からは当時の品々が数多く見つかっていますがそれらを見ると、ギリシャでは紀元前500年頃の僅か数十年という短期間に、如何にめざましい進歩が遂げられたのかがわかります。これはエジプトと比較するとあまりに対照的です。

まず上石に取っ手をつけることで、より大きな石が利用可能となり、下石は従来の凹んだもの(サドル状)から、平らな長方形へと変わりました。これをスラブミル(平板状の臼)といいます。また接触面には溝を切り、剪断力がより効率的に利用できるようになりました。この接触面の溝は鋭角に交差することで更に効果が増し、これは現在の製粉機にもそのまま受け継がれ、製粉産業にとっては永続的な貢献となりました。

次にプッシュミルが考案されました。これは粉砕面を傾斜させ、挽くときは(押すときは)重力の助けを借りるようにしたものです。こうなるとプッシュミルは女性では操作できないくらい大きくそして重くなりましたが、その分生産量も増えました。

そうこうする内に、誰かがレバー(取っ手)の片方を固定することを思いつきました。すると両方の腕で、レバーの片方を操作することができ、孤を描くような往復運動、つまり弧状運動により粉を挽くことができるようになりました。これがレバーミルです。レバーミルはテコの原理も応用しているので、更に大きな石の使用が可能となり、粉砕の1サイクルが更に長くなり、生産量は飛躍的に向上しました。

レバーミルの登場により小麦粉は初めて量産が可能になり、商業的だけでなく社会的にも貢献するようになります。レバーミルは現在のギリシャでも一部地域で見かけることができ、原始的な道具が永続的に使用され続けている好例です。操作も技術もそんなに複雑ではないし、作るのも安価なことが使い続けられる理由です。しかしここまできても、回転運動の丸い挽き臼までの道のりはまだまだ険しいものがあります。