あるものを小さくしようとすれば、手っ取り早い方法は、それを硬いもので叩くことです。チンパンジーは石で木の実を叩いて割りますが、旧石器時代の人たち(?)もきっとこのように叩いて、小さくしていたのでしょう。つまり小さくする一番簡単な方法は叩くことで、これを「衝撃粉砕」といいます。だから小麦も最初は、搗き臼と同じ理屈で、石で叩いて小さくしていた筈です。
しかしこれでは、小麦が周りに飛び散るし、なかなか上手く粉にはなりません。

その内に誰かが、「叩くのではなく、こすりつけるように押しながら水平方向に石を移動させれば、上手く胚乳部分を取り出して粉にすることができる」ことに気がつきました。つまり「剪断力(せんだんりょく)」の利用です。これを利用したのが、サドルカーンで、紀元前三千年紀のエジプトで本格的なものが登場しました。以後今日に至るまで、形態は異なりますが、製粉はすべてこの「剪断力」を利用して、おこなわれています。

その後、石臼の原型である、ロータリーカーンが登場するのは、紀元前500年頃ですが、これについては諸説あり、もっと古いものでは紀元前8世紀以前のヴァン湖畔説があります。いずれにしてもサドルカーンの時代は2000年以上続いたことになります。その後、製粉方法は往復運動のサドルカーンから回転運動の石臼へと交替し、それは近年になるまで続きます。途中動力は、人力、畜力(馬、牛など)、水力、風力など様々なものが採用されますが、肝心の粉砕部分は、石臼のままで、その石器時代が更に2000年以上続くことになります。

現在のロール式製粉機が、実用の域において完成したといえるのは、19世紀も終盤近くなってからですが、これも一朝一夕にできたわけではなく、多くの先人達の努力があったからこそです。そして現存する記録の中で、ロール式製粉機の原型となったと言われているのが、ラメッリ製粉機で、これはアゴスティーノ・ラメッリ(Agostino Ramelli)が1588年に出版した「Le diverse et artificiose machine」の中に登場します。邦題は「種々の巧妙な機械について」とか「ラメッリ機械図説」といったところでしょうか。フランス語とイタリア語で解説が付け加えられた、195にも及ぶ繊細に描写された図版は、単に当時の機械がどういうものであるかというだけではなく、当時の人々が機械に対しどのように接し、また考えていたかを知る上での貴重な資料です。

肝心のこの製粉機は、1556年に退位した神聖ローマ帝国のチャールズ5世が、セント・ジャスト修道院(Monastery of St. Just)に隠居した際に、時計職人であったツァリアーノ(Turriano)の協力を得て発明したとの記録もあります。
しかしまあ、はっきりとしたことはわからないので、簡単に「ラメッリ製粉機」と呼んだ方がしっくりくるかも知れません。

ラメッリ製粉機は僧侶のマントの中に隠れるくらいに小さく、また驚くほど生産性が高かったとも言われていますが、それ以上のことは不明です。ラメッリの図版には回転するローラーとそのローラーに刻まれたらせん状の溝がはっきりと描かれています。そしてこの独創的な2つのアイデアは、そのまま現在のロール製粉機にも受け継がれています。ただこの素晴らしいラメッリ製粉機には、ひとつ欠点がありました。それは時代を先取りし過ぎたために、加工技術など追いつかず、実用化には結びつかなかったのです。しかしこれは19紀になりようやく製粉技術に革命をもたらしたロール製粉機の発明に繋がることになります。