今はなき「さぬきの夢2000」ですが、現在の「さぬきの夢」に至る経過、ならびにASWとの違いをよく理解していただけるよう説明いたします。

讃岐の小麦事情

ご承知のように「さぬきの夢2000」は、西暦2000年に香川農業試験場において、讃岐うどん専用に開発された小麦です。「さぬきの夢2000」はその独特の食感と風味が強く支持され、好評を博していましたが、平成25年度産からはその後継品種である「さぬきの夢2009」にバトンタッチしました。
既に市場に存在しなくなった、一世代前の品種について取り上げるのはどうかとも思いましたが、「さぬきの夢2009」が導入されるに至った経緯、そして現在のさぬきうどん事情ご理解の一助になるのではと考え直しました。
尚、現在香川県で生産されている「さぬきの夢2009」にご興味のある方は、「さぬきの夢」の項をご覧ください。

天ぷらうどんはどこで作られているか、ご存じですか?もちろん、うどん屋さんには違いありませんが、その原材料は元をたどればほとんどが輸入です。
エビ、大豆は95%以上、そして小麦も85%を輸入に頼っています。特にうどんに使用されている小麦といえば圧倒的にASW(オーストラリアン・スタンダード・ホワイト)で、年間およそ100万tが輸入されています。
麺用粉の歩留り、つまり小麦からうどんに適した小麦粉がとれる割合はおよそ60%なので、これから約60万tの麺用粉が製粉されることになります。

一方、少し古くなりますが、平成18年度の統計調査によると、乾麺20.3万t、生うどん3.7万t、そしてゆでうどん21.7万t(全て小麦粉換算)が生産されていて、その合計45.7万tになります。この数字には、うどん専門店や飲食店などの小規模製造所での使用量は含まれていませんが、いずれにしてもASWがいかに麺用小麦の主役になっているかがおわかりいただけると思います。

そして「さぬきの夢2000」は小麦で約5,000t(小麦粉換算で3,000t)で、これは香川県で生産されているうどんの約5%に相当します。たった5%と思われるかもしれませんが、限られた耕作面積、またASWがうどん市場をほぼ席巻している現状を考慮すれば、かなりの存在感をだしているともいえます。
香川県としては、この香川県産小麦の使用比率を将来的には10%にまで伸ばす計画です。
量的には圧倒的に優位なASWですが、「さぬきの夢2000」には独自の魅力もあります。ここでは、両者を客観的に比較してみたいと思います。

 

吸水率とたんぱく質との関係

白くてどれも同じに見える小麦粉も、小麦の種類が違えば性質は当然異なるし、また同じ銘柄の小麦であっても製粉方法にも影響されます。小麦粉の特性には様々なものがありますが、たんぱく質は特に重要です。
一見、関係ないように思えますが、ASWと「さぬきの夢2000」を比較する上で、たんぱく質の性質はことさら重要なので、ここでまとめておきます。また多少、重複しますが、小麦粉のはなしグルテンの頁もご参照ください。

小麦粉には80種類以上のたんぱく質が含まれていますが、その中で特に重要なのがグルテニンとグリアジンです。
理由は、「ねばねば」したグルテニンと「べとべと」したグリアジンが水と一緒になって、グルテンというチューインガムのような粘弾性のある、小麦粉特有のたんぱく質をつくるからです。このグルテンのお陰で、私たちは、小麦粉を水で練った生地を、自由に成型することができるのです。
つまり、生地が切れずに、自由に伸びたり縮んだりできるのは、このグルテンのお陰です。この事実から直ちにわかることは、グルテンが多い程、生地がつながりやすく、逆に少ないほど切れやすくなるということです。

このグルテンというたんぱく質は小麦特有のもので他の穀物にはありません。現在、世界で一番多く生産されている穀物は、とうもろこしですが、食用に限っていえば小麦になります。小麦が穀物の王様になれたのも、このグルテンによる加工適性の良さ、そして食材としての味の良さ、この2つが大きな理由であると思います。
ここでグルテンと小麦粉の吸水性との関係についてみておきます。小麦粉には、大まかにいって70%程度のでんぷん質、8~12%のたんぱく質、そして14%程度の水分が含まれています。このうち、でんぷん質とたんぱく質、どちらも吸水しますが、その吸水力はたんぱく質の方が、でんぷん質よりもずっと大きいので、たんぱく質の多少が、小麦粉全体の吸水力に大きく影響します。

この事実は次のようにして確認できます。小麦粉の中のグルテニンとグリアジンは水と一緒になってグルテンになります。ボウルに少量の小麦粉と水を加え、へらで捏ね続けると生地ができます。
次に、これをぬるま湯の中で暫く放置した後、もみほぐしてやれば、でんぷん質はぬるま湯の中に溶けて流れ出てしまい、最終的にグルテン(wet gluten)だけが残り、これを日本語では湿麩(しっぷ)とよんでいます。湿麩の約2/3は水で、残りの1/3がグルテンです。この事実から、小麦粉のたんぱく質は、ざっと自分の2倍の水を保持できることがわかります。

一方、小麦粉自体の保水力は精々100%、つまり1㎏の小麦粉は1㎏の水しか保持できないと言われています。このことは小麦粉と水を、同量練り合わせてみると、「どろどろ」になってしまうことからも確認できます。ところが、もし小麦粉がすべてたんぱく質でできているとしたら、1㎏の小麦粉は2㎏の水とくっついて3㎏のグルテン(湿麩)ができることになります。こう考えると、たんぱく質の多少がいかに小麦粉の吸水性に影響を与えるかが理解いただけると思います。

現在、うどん用小麦粉に含まれる、平均的なたんぱく質の量は9%前後です。これが今、1%増えたとすると、小麦粉1㎏では10gのたんぱく質が増えたことになり、先ほどの湿麩の例で考えると、20gの水をより多く保持できることがわかります。手打ちうどんの一般的な加水率は50%、つまり小麦粉1㎏に対し塩水500gが標準にはなっていますが、この事実を考慮すれば、たんぱく質の多少により加水量を加減する必要があることは言うまでもありません。ここでたんぱく質の性質を簡単にまとめておくと次のようになります。

たんぱく質が多いほど、グルテンが多く形成されるので、生地はまとまりやすく、また加工しやすい。
たんぱく質が多いほど、小麦粉の吸水力が大きくなる 。

 

ASWの概要

オーストラリアでは、広大な農地に毎年平均2000万㌧以上の小麦が生産されています。2006年と2007年は2年続きの干ばつのために、生産量はそれぞれ970万t、1260万tと大きく落ち込みましたが、前年の2005年には2500万t収穫されています。日本の小麦の生産高が80万tと聞けば、オーストラリアがいかに農業大国であるかがおわかりいただけると思います。

ASWは単一銘柄ではなく、いくつかの銘柄がブレンドされ、これが日本向けの麺用小麦として出荷されています。主産地はオーストラリアの南西部で、最寄りの都市はパース(Perth)です。
余談ですがパースは世界一美しい都市とも言われ、また世界で最も孤立した100万都市とも言われています。インドネシア・バリ島まで3時間半、シドニーまで4時間、ヨハネスブルグまで11時間の飛行時間がかかり、おとなりの大都市まで、一番遠いというのがその理由です。

 話は戻りますが、小麦畑はパースから東北東へ車で1時間を過ぎたあたりから始まります。
写真は2005年11月にお邪魔したマーク・アーウィンさんの小麦畑で、パースから東北東へ約140㎞のところにあります。このときは雨の影響で例年に比べ約3週間遅れの刈り取りでした。所有農地はなんと4200ヘクタールもあり、その年の小麦の作付面積は1700ヘクタール。理由は、連作障害を避けるため、同じ場所では続けて耕作しないからです。
マメ科の植物を植えると根粒細菌が窒素を生産して、土地が肥えて翌年は作物がよく生育します。よって一つの農地を「小麦 → 休耕 → 豆」と3年を1サイクルで回転させる方法をとっています。

収穫された小麦は、まず地元の集荷場に集められ、必ず品質チェックされます。そしてこの小麦はパース近くのクイナナ港(画像下)から、坂出港を含む世界各国の港に向かって輸出されます。日本だと、岸壁に大きな貨物船を横付けするところですが、ここでは遠くまでパイプを引っぱり、沖合で積み込む方法をとっていいます。こうすることで、自然の砂浜がそのまま保存されているのは印象的でした。

国産小麦粉が選ばれる理由のひとつに「安全・安心」があります。一方、オーストラリアの小麦は、地平線が見える広大な畑で、燦燦と太陽の光を浴び、スクスク育ち、そしてこのような青い海の港から輸出されています。また、農業はオーストラリアの輸出の大きな柱なので、その安全性は至るところでチェックされています。このように考えると、オーストラリアの小麦が、少なくとも日本の小麦より安全でない理由はどこにも見当たらないように思います。

 

さぬきの夢2000 と ASW

香川県は8年の歳月をかけて、讃岐うどん用小麦の新品種を開発しました。食感が良好な「西海173号」を母に、色調に優れた「中国142号」を父として生まれた新品種は、開発された西暦2000年にちなんで、「さぬきの夢2000」と命名されました。2001年には63tだった収穫量も順調に伸び、平成19年産は4800tが収穫され、その後は作付面積で1,500ha、数量で5,000t程度を目処に生産を行なっています。

また「さぬきの夢2000」のブランド化をはかるため、香川県は「さぬきの夢2000」を年間を通して100%使用し、また技術的にも優れているうどん店を「さぬきの夢2000こだわり店」として認証する認証制度をスタートしました。認証店は平成19年2月1日時点で9店舗になり、一人でも多くの香川県民に、より「さぬきの夢2000」に親しんでもらい、その普及を計っているところです。

実際に両者を打ち分けてみた方の感想の多くは次のようなものです。ASWは、作業性がよいが、「さぬきの夢2000」は調整が難しい。ASWは、加水量が多少ぶれても打てるが、「さぬきの夢2000」は、少しでも多いと生地が軟らかくなるし、少ないとまとまらないので正確な加水が要求される。またASWは宵練りでも朝練りでも大丈夫だが、「さぬきの夢2000」は宵練りだと生地がだれてしまう。つまり、熟成時間についてもASWはかなりの許容範囲があるが、「さぬきの夢2000」はそれが狭い、云々。

これらの理由はすべて、たんぱく質の違いに起因するものです。ASWのたんぱく質は9.0%以上あるのに対し、「さぬきの夢2000」は8.0%程度で、両者の差は1%以上あります。小麦粉の吸水率とたんぱく質との関係でみたように、たんぱく質はグルテンになり、グルテンは生地の成型を容易にし、また麺が切れるのを防ぐ役目を果たします。そしてこのたんぱく質1%の差が、これだけの作業性の違いの原因となります。また「さぬきの夢2000」のたんぱく質の性質が若干脆いことも作業性の低下につながっています。

一般にたんぱく質が多くなるほど、保持できる水分が多くなり、よって吸水力が大きくなるので、それだけ水分に対する緩衝力が大きくなることを意味します。つまり、多少加水量がぶれてもそこで持ちこたえられることを意味します。一方、「さぬきの夢2000」は、たんぱく質が少ないので、それだけ加水量に対し敏感になり、加水が少ないと生地がまとまらず、逆に少しでも多いと生地がだれることになります。

作業性においてはASWに一歩譲る「さぬきの夢2000」ではありますが、その味においてはその不利を補って余りあります。ASWも旨いが、「さぬきの夢2000」のでんぷん質は、深い味わいがあり、うどんを噛んだとき、一呼吸遅れて口の中に拡がる甘みは、なんとも言えないものがあります。また、「さぬきの夢2000」に含まれている低アミロース系の小麦でんぷんは、独特のもっちりとした食感を提供してくれます。

一言で言えば、ASWは許容範囲の広い小麦であり、万人向けの小麦です。他方、「さぬきの夢2000」はどちらかと言えば取り扱いが難しく、打ち手を選ぶ小麦ではありますが、それに応えるだけの味のあるうどんを提供してくれます。よって客が引きも切らないお店では、作業性がよく許容範囲の広いASWが向いているだろうし、ゆったりとした雰囲気の中で、うどんがゆであがるのを待ってもらえる余裕のある専門店では、「さぬきの夢2000」を使用するのも一案であると思います。

 

さぬきの夢2000 使用時のポイント

ここで「さぬきの夢2000」で手打ちうどんを作るときのポイントをいくつか挙げておきましょう。昔から土三寒六といわれるように、気温の変化に応じて打ち方を変えるのが基本です。またそれに加え、「さぬきの夢2000」については以下の点に留意します。といってもこれら全てを覚える必要はなく、原理原則さえ理解すれば、容易に導き出せることばかりです。

point01 塩水濃度を、ASWにくらべ1%程濃くする
塩にはグルテンの効果を強くする働きがあるので、もともとグルテンの少ない「さぬきの夢2000」では、気持ち塩を多くしてやり、グルテンの力を最大限引きだしてやります。
加水量は、ASWに比べ1~2%減らす
水分の多くは、グルテンを形成するときに使われるが、「さぬきの夢2000」に含まれるたんぱく質は、ASWに比べ少ないので、その分減らす必要があります。
予備熟成をおこなう(特に冬季)
水回しが終わった時点で、小麦粉はそぼろ状になっています。このときいきなり生地にまとめるのでなく、そぼろの状態で10~30分、放置することを「予備熟成」もしくは「そぼろ熟成」といいます。
水回しの目的は、塩水を小麦粉の隅々まで行き渡らせるのが目的ですが、気温が低いとそぼろになった時点では、まだ十分に完了していません。
よって、ここで少し間をとってやると、水分が粉の隅々まで行き渡り、生地がまとまりやすくなります。
水回し終了後、生地がまとまらないからといって、慌てて加水を増やしてしまうと、後でだれる原因となります。蛇足ながら、この予備熟成は、ASWに対しても効果があるので、まだの方は是非試してみてください。
熟成は「団子」ではなく「ざぶとん」の状態でおこなう
球状になっている生地を「団子」、そしてそれを少し延ばして座布団のようにしたものを「ざぶとん」といいます。細かいことですが、生地の熟成は、団子ではなくざぶとんでおこなう方がよいと考えます。理由は、団子から一気にうどんに延ばすと、グルテン繊維が持ちこたえられずに、切れることがあるからです。

 

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