#893 「美食地質学」入門(巽好幸著)・・・その②

巽先生の著書には、和食の美味しさについても詳細な解説がのっているので、気になった点を個人的な備忘録としてまとめてみました。

【水が引き出す出汁の旨味】
味覚には、「甘味」、「苦味」、「酸味」、「塩味」、「旨味」の5種類ありますが旨味物質については、いくつかの種類があります。ブイヨンは獣肉や鶏肉を煮てイノシン酸を抽出しますが、その過程で発生する褐色の「灰汁(あく)」を取り除く必要があります。肉に含まれる動物性タンパク質や脂質は水に含まれるカルシウムと結合して灰汁となるため、使用する水はカルシウムが豊富に含まれる「硬水」が最適です。一方、昆布に含まれるグルタミン酸については、硬水は不適です。理由はカルシウムがこんぶのぬめり成分であるアルギン酸と結合して昆布の表面に皮膜を作り、グルタミン酸が十分に抽出できないからです。つまり肉料理には硬水、和食には軟水が適していますが、うまい具合にヨーロッパの水は硬水であるのに対し日本の水は、軟水となっています。

【魚の旨さ】
魚に含まれる旨味成分は、「イノシン酸」ですが、生きている魚にイノシン酸は含まれません。含まれているのはATP(アデノシン3リン酸)ですが、死んだ後にATPからイノシン酸が作られます。このとき旨さを引き出すポイントは①ATPを多く含む魚であること②ATPを枯渇させない(死後硬直を遅らせる)③適度な熟成を行う3つです。②については捕獲方法や死後の処理方法が大きく影響します。また「新鮮であるほど美味しい」という「新鮮神話」を信じている方も多いようですが、「旨味」という点では愚行です。つまり「船上で魚を食す」とか「生簀から取り出してすぐに食す」といった方法は「旨味」の点でいえばお勧めできません。

【うどんのコシ】
巽先生のうどんのコシについての記述が的を射ているので、それを基にまとめてみました。讃岐うどんのコシを実感するのは「釜揚げ」うどんです。これはゆであがったうどんを水で締めるのではなく、うどんをゆで湯と一緒に器に取り出します。こうすると表面近くのねっとりした柔らかさと内部のもっちりと弾力のある食感が際立ちます。この2つの対照的な食感のマリアージュ(調和)こそが讃岐うどんの真髄、コシです。そしてこの特徴的な食感を生み出すのが、小麦粉中に70%以上含まれるデンプンと10%程度のタンパク質です。

デンプンを水とともに加熱すると、徐々に水分を吸収しながら「糊化(こか)」してネバネバした状態になります。この糊化現象こそが讃岐うどんのコシを生み出す主要な要因の一つです。ここで重要な点は、小麦デンプンの糊化は、95℃で最も進行するので、うどんをゆでるときには、必ず沸騰したお湯に投入することです。またたっぷりのお湯を使用することも重要です。こうすることでうどんの糊化がスムーズに進み、ねっとりとした食感が生まれます。ただゆで工程では、水分は麺の表面から内部へと徐々に浸みこみながら糊化が進みます。よって麺の中心部まで十分に糊化するまで加熱を続けると、表面近くは茹ですぎて溶けてしまうので、釜から抜き取るタイミングが重要です。

一方、小麦粉に含まれるタンパク質であるグルテニン(弾性)とグリアジン(粘性)は水と一緒になり、グルテンとなります。グルテンは粘弾性を持つチューインガムみたいなタンパク質ですが、これがうどんの中で立体網目構造を形成することで「つなぎ力」を生じます。ゆでる前のうどんが切れないのは、このグルテンが持つ「つなぎ力」のおかげです。また調理されたうどんやそうめんを噛むと「跳ね返り感」を感じますが、これはグルテンの粘弾性によるものです。うどんとは対照的に、グルテンをもたない生蕎麦は、麺の内部まで硬さは比較的一様で、噛むとプチッと切れる感じです。さぬきの随筆家・山田竹系先生は、これを「冷たく重い東京のそば」と表現しました。