#855 「さぬきの夢」Ver.3への道程

「香川県オリジナル小麦品種『さぬきの夢』候補系統の育成(香川県農業試験場主席研究員三木哲弘著、さぬきうどん研究会会報・さぬきうどん第39号)」、「小麦『さぬきの夢』の品種改良の歩みと今後(香川県農業試験場主任技師・多田祐真著、同38号)」の2つの記事に3代目「さぬきの夢」(以下Ver.3)の開発経緯が説明されていましたので、以下簡単にまとめてみました。

香川県内の小麦栽培面積は、1962年(S37)にピークの17,700haを迎えますが、その後激減します。理由は、1970年(S45)の大不作による生産意欲の減退、および小麦から他の生鮮野菜など高反収品目への転換であると考えられています。またS49には豪州産小麦ASWの輸入が始まり、以後讃岐うどんの原料小麦はこのASWが主体となります。その後栽培面積は一時的に回復するも、1997(H9)には、全盛期の97%減となる475haにまで減少します。

さすがに讃岐うどんの原料がすべて豪州産という状況はまずいというので、「香川県産小麦で讃岐うどんを作りたい!」という声があがり、讃岐うどん用の香川県産小麦の開発がスタートします。そして2000年(H12)には初代「さぬきの夢」である「さぬきの夢2000」(以下Ver.1)が、そして2009年には2代目「さぬきの夢」(以下Ver.2)である「さぬきの夢2009」が開発されました。Ver.2は、Ver.1の特長を引き継ぐとともに、より強いコシと、収量性が高い品種であることが特長です。

そして昨年(#831)、香育(かいく)33号が「さぬきの夢2009」の後継品種に決まったと報告しました。そこで今回は、「香育33号」の系譜について詳しく説明します(画像参照)。香育33号の両親は、どちらも香川県農業試験場で育成された、栽培面では倒伏に強く、加工面ではうどんのコシが強い系統です。つまり香育33号は、生粋の香川県農業試験場生まれということになります。父親は、「さぬきの夢2009」とVer.2の座を争った系統「香育20号」(#206)、母方の祖母は、「さぬきの夢2000」の父親で、「さぬきの夢2009」の祖母でもある「中国142号」(ややこしいので画像を参照)、さらには父方の祖父は、かつての香川県の主力品種「チクゴイズミ」です。つまり香育33号の系譜は、すべて香川県の気候風土に適した品種なので、香育33号も同様であると考えられます。

ところで香育33号の選定にあたっては、「DNAマーカー」をいう選抜技術も利用されています。DNAマーカーとは、ある性質を持つ個体に特徴的な塩基配列のことで、これを遺伝子分析の際の目印として活用します。例えばグルテニンというタンパク質については、製パン性・製麺性を向上または低下させる遺伝子型が明らかになっていて、それぞれを検出できるDNAマーカーが開発されています。つまり(向上/低下)させる遺伝子マーカーを検出することで、製パン性・製麺性の(良/否)が判断できるのです。しかもDNAマーカーは生育初期の葉を採取して分析すれば、その有無を判別できるので、収穫まで待つ必要はなく、大幅な時間短縮と効率化が可能になりました。実際、今回は、「グルテニン」の遺伝子に着目し、DNAマーカーを用いた選抜技術が活用されました。よってVer.3は「適度なコシ」と「高い製麺作業性」が遺伝的な素質として持つことが確認されているのです。

Ver.2とVer.3を比較した表が次の画像です。Ver.3はやや背が高いですが、稈質しっかりしているので、倒伏の程度は、Ver.2とほぼ同じ。また収量は、Ver.2とほぼ同等かやや少ないものの、タンパク質含有率が1%以上高く、また粒が大きいという特長があります。よって加工適性についても、タンパク質含有率が高いため生地が切れにくく、のばしやすいという特長があります。同様にゆで上げた麺も、しっかりとしたコシの強さが期待でき、ゆで伸びについてもかなり改善されているはずです。「さぬきの夢」Ver.3の一日も早い登場が待たれます。