#832近代製粉の確立①・・・近代製粉の3条件

現代においては、製粉産業も素晴らしい発展を遂げ、その設備は過去のそれとは隔世の感があります。機械のチューニングやバランス調整は技術者に頼るものの、現代の製粉工場はどこも自動操業となりました。そして製粉の歴史をたどるとき、「近代的製粉工場」と呼ぶには、次の3条件を満たしている必要があります。

①完全自動化
これは小麦の搬入から最終的に小麦粉ができあがるまで、人手を介することなく、完全に自動化されていることです。エジプト時代は、大根おろし器を大きくしたようなサドルストーンにひざまずき、小麦を挽いていましたが、これは大変な重労働でした(#705)。そして紀元前500年頃になるとギリシアにおいて回転運動を利用した石臼が発明されます。回転式石臼をみても現代人は感激しませんが、これは世紀の一大発明です。回転運動であるので、水力、風力、馬や牛などの畜力といった人力以外の力を利用することが可能となり、生産量が飛躍的に伸びました。

全自動の製粉工場を最初に建設したのは、アメリカ人のオリバー・エバンスです(#671)。エバンスは1755年、デラウェア-のニューポート近くに生まれ、16歳のとき水車大工に弟子入りします。彼は独創的かつ豊富な創造力を備えた典型的な発明家でした。1782年、当時まだ製粉のことを熟知していなかったエバンスですが、2人の兄弟と一緒に、レッドクレイクリークにおいて製粉所を建設する契約を結びます。そしてエバンスの製粉所は、1785年までには完全な状態で稼働していたようです。

②ロール製粉機のみを使用
石臼はギリシア時代以降、永年にわたり私たちの生活を支えてくれたのですが、機械化による大量生産の時代に入ると、品質管理が求められるようになり、石臼は徐々にそういう環境にはそぐわなくなってきました。石臼は基本的には粗野で原始的な道具であるために、多種多様かつ品質のぶれが大きい小麦をうまく処理するには、製粉業者の永年の経験と熟練した技術に頼る必要があります。しかしそうは言うものの、その内に製粉工程が細分化され、各工程ではさらに専門化された処理が必要になってきます。そうすると従来よりも正確な粉砕加工技術が求められるようになりますが、石臼ではどんなに細心の注意を払い、目立てをしても、その能力には限界があるため、うまく対応することができません。

③段階式製粉方法
小麦の表皮は、強靭で壊れにくい食物繊維であるのに対し、内部の胚乳部分は、もろく壊れやすい構造になっています。そのため、いきなり潰そうとすると、必ず表皮の破片が胚乳と混ざってしまい、そうなるともうきれいな胚乳部分だけを取り出すことは不可能です。一方、玄米の表面の糠層は柔らかいのに対し白米(胚乳部分)は硬いので、表面を軽く削ることで、容易に米糠と白米を分離できます。岡田哲氏は著書「コムギ粉の食文化史」の中で、「コメはサトイモのような、コムギは外側が強靭なカニのような構造である」と述べていますが、なるほどわかりやすい喩えです。

よって小麦の製粉において、表皮の混入を防ぐために、先人たちは、「段階式製粉方法」という手法を発明しました。これは文字通り、小麦の粒を段階的に小さくすることで、表皮の混入を抑える方法です。専門用語では、小麦から小麦粉になるまでの途中の段階をストック、そして最終的に十分小さくなった小麦粉のことを、「上り粉(あがりこ)」といいます。段階式製粉方法では、「ストックを少し小さくしては、篩い分ける」という操作を何度も繰り返し、最終的に1粒の小麦を50種類程度の「上り粉」に採り分けます。そして出来上がった上り粉を、色の白い順番に並べ、再構成(グループ化)して、等級別の小麦粉を製造します。