#959 小麦需要減とニューノーマル
日本における食糧用小麦の総需要量は、コロナ禍前は年間570~580万トンで推移していました。これは小麦粉換算すると、国民一人当たり年間32kg程度、つまり毎日うどん1玉程度の小麦粉を消費している計算になります。そしてコロナ禍になると小麦需要は550万トン程度に落ち込み、現在も同水準で推移しています。つまり小麦需要はコロナ禍を境に4~5%落ちたことになります。
この小麦需要の減少の主たる理由は、外食需要の低迷とされていますが、そうだとすると次の2つの疑問が湧きます。(Q1)外食需要が落ちるとなぜ小麦の消費も落ちるのか?(Q2)コロナ禍が終息してもなぜ小麦消費は元の水準に戻らないのか?
戦後食糧難の時代ならいざ知らず、飽食の時代といわれる現代においては、私たちは好きな食品をいくらでも摂取することが可能です。よって無理に外食でなくとも、内食や中食で代替してもいいのです。簡単に言うと、うどん店のうどんを控えるなら、スーパーでうどん玉を買ってきてうちで調理すればいいのです。つまり食品がどのような流通経路を辿ろうと、最終的には私たちの胃袋が満たされるまで食品を摂取するわけなので、総摂取カロリーは同じと考えるのが自然です。
にもかかわらず小麦需要が減少した理由は、食品ロスの削減が寄与しているという考え方が一般的です。つまり(Q1)の答としては、レストランでの外食や宴会の機会が減少した結果、食品残渣(食べ残し)も減少し、それが小麦需要の減少になったというわけです。言い方をかえるといくつもあった食品摂取ルートが絞られたために、効率よく食品を摂取できるようになった結果、食品ロスが減少したということです。そして(Q2)に対する答としては、生活形態がコロナ禍前の状態に戻らないと考えれば筋が通ります。以下、2つの事例を挙げます。
香川県ホテル旅館生活衛生同業組合が105施設を対象に調査した結果によると、香川県内の宿泊客はほぼコロナ禍前に回復しましたが、宴会需要は、6割に留まっています。これまでの推移を簡単に説明すると緊急事態宣言が発令された2020年4~5月は、2019年比で宿泊者数は10%台に急落。その後「GoToトラベル」効果で同11月には80%まで回復したものの、「まん延防止等重点措置」などの影響で再び30~50%台に低迷。そして2023年5月に感染症法上の位置づけが5類に移行した後は80~90%台で推移し、2025年1月は2019年を上回りました。
一方、宴会などの日帰り利用は、2020年4~5月に底を打った後に、2024年初めには2019年比で一時90%まで回復したものの、その後は悪化に転じ2025年3月は60%程度に落ち込んだままです。つまりコロナ禍で抑圧されていた需要が一気に増える「ペントアップ需要」も一巡したため、再び落ち込んだものと推測されます。よってもう少し様子をみないと確定的なことは言えませんが、宴会については現在の水準がコロナ後のニューノーマル(新常態)であると考えられます。
また結婚披露宴もその形態が変わりつつあります。コロナ禍前は、何百万円もかかる豪華な披露宴をよく見かけましたが、現在では予算100万円程度もしくは「基本料金60万円+招待客1名に付1万円」といった「カジュアル婚」やそもそも挙式や披露宴を開かない「ナシ婚」も定着しつつあります。つまりコロナ禍を境に華美なイベントや「本当はやりたくなかった慣行」などが次々と廃止されつつあるようです。このようなイベントには当然食事がセットになっているし、そうなると小麦粉製品も相応に使用されています。しかしそういったイベント需要が蒸発したニューノーマルにおいては、小麦粉の消費が控えられ、よって本来なら発生していたであろう食品ロスも大きく減少し、その結果、小麦粉消費が減少したと考えるのが妥当かなと考えます。