#800 コイン精米機はあるのにコイン製粉機がない理由

「コイン精米機」をご存知ですか?都会ではあまり見かけませんが、地方では定番の自動精米機です。精米とは、玄米の表面を覆っている米糠層を削り取ることで、白米にする作業のことです。弊社の隣にもJA香川県の支店があり、そこにコイン精米機が設置されています。よくおっちゃんが軽トラで乗りつけてきて、玄米を精米機にザザーと流し込み、コインを投入すると精米を開始します。しばらくする白米になるので、それを持ち帰ります。精米機には「お好み白さボタン」なるものがあり、3分、5分、7分、標準など「つき加減」選択も自由です。

スーパーでは、精米済の白米しか販売されていませんが、なぜ全国各地にコイン精米機が設置されているかというと、「単純に精米したてのお米は美味しい」からです。精米したてのお米を炊くと、みずみずしく美味しく、噛むほどに甘みが感じられます。しかし精米されたお米は、酸化が進みやすく、長時間経つと、精米直後のモチモチとした粘り気が失われ、食味も落ちてしまいます。だから農家では玄米で保管しておき、定期的に精米機を利用するのです。更に玄米では、衛生害虫が発生しにくく、保管にも適していることも大きな利点です。以上がコイン精米機ビジネスが成立する理由です。

一方、小麦から中の胚乳部分を取り出す作業のことを小麦製粉、もしくは簡単に製粉といいます。製粉も精米もやっていることは、内部の胚乳部分をとりだすことです(粒か粉かは別にして)。そして誤解を恐れずに言えば、小麦粉も挽きたての方が、鮮度が良くて美味しいうどんができます。では「精米機と同様にコイン投入方式のコイン製粉機があってもいいではないか?」と疑問に思う方もいるかもしれません。しかし実際にはコイン製粉機なるものは存在せず、以下手短にその理由を説明します。

玄米の表面の糠層は柔らかいのに対し白米(胚乳部分)は硬いので、表面を軽く削ることで、容易に米糠と白米を剥離できます。よって精米機も簡単な構造になるため自動化が可能です。一方、小麦はというと表面は強靭な食物繊維質であるのに対し、内部の胚乳部分は脆い構造となっています。岡田哲也氏は小麦を「カニのような構造」(#799)と例えていますが、これは多少オーバーにせよ非常にわかりやすい説明です。

カニを表面から削ると、当然甲羅が削れて粉になり、甲羅がなくなると中身も一緒に粉々になってしまいます。よって精米と同じ方法では、中身と甲羅はうまく分離できないことがわかります。ではどうするかといえば、まず大きく半分に割って、ふるうと甲羅と中身が分離できます。現在の製粉方法も、同様に「大きく割っては篩う」という工程を繰り返し、最終的に中の胚乳部分だけを取りだします。これを段階式製粉方法といいますが、これを上手に行うには、手を替え品を替え、あらゆる手段を講じる必要があるために多種多様な機械装置類が必要になります。

結果、段階式製粉方法を実践するには、おびただしい数の機械装置が必要となり、現代の製粉工場はどこも大型化しました。この本格的な段階式製粉方法が確立されたのは20世紀になってからですが、現在も基本的には同様の製粉方式を採用しています。神様はなぜ小麦をカニのような複雑な構造にしたのかはわかりませんが、小麦粉はそれだけの手間暇をかけるだけの価値がある魅力的食材なのです。装置産業であるが故、1日100kgしか製粉できない製粉工場では償却ができず、よって経営的には成り立ちません。これがコイン製粉機が存在できない理由です。