#771 風車製粉の始まり③・・・西洋風車の特徴とポストミル

改良された西洋の風車は、それまでの水車のデザインとは根本的に異なる大きな変化がいくつもあります。そこでは新たに発見された機械工学の原理に基づいた発明を、惜しみなく取り入れました。特徴の第一は、そのタービン型の回転翼はいつも風上に対して垂直な平面で回転していることです。そして2点目として、風がどこから吹いてこようと、回転翼が常に風上に向かうよう、風車小屋そのものもしくはその駆動装置を移動させる必要があります。更に3点目として風速がどう変化しようと、回転翼の回転数はできるだけ一定に保つ必要があります。これらの新技術については、制動装置(ブレーキ)を除いてはどれも水車製粉では、予期されなかったことです。

つまり風車には風車独自の問題点があったので、風車は水車に引き続き、機械工学の発展において再度大きな貢献をすることになります。風車は空気力学に基づいたエンジンですが、制作者はその理屈を充分に理解することはなく、見よう見まねや試行錯誤を重ねた末に、空気力学の法則を発見し、それを応用しました。そしてその理論的裏付けは近代における飛行機の出現まで待つ必要があります。

歯車装置を採用した最も初期の風車は、ポストミルで、これは翼、軸、歯車、石臼、建物、粉屋、その助手、そしてその他ありとあらゆるものは、クラウン・ツリーという重い水平の梁によって支えられ、中心に据えられた頑丈な柱(センターポスト)の周りを旋回する仕組みになっています。マーク・トウェインはアゾレス諸島で当時まだポストミルが現役で稼働しているのを見つけて次のように書き留めています:「小さな風車が穀物を一日に10ブッシェル挽いている。そこには穀物を石臼に供給する助手と、その助手が居眠りしないように見張っている監督がいる。風向きが変わると、回転翼の位置を変えるのではなく、小屋に何頭か繋いでいるロバで、なんと風車小屋の上半分をごそっと廻し、再び風が翼にあたる位置までもってくるのだ」。

次の画像は、現在確認されている最古の風車の描写です。これはポストミル型で、英国、ノーフォークのリン町の町長であったウォルソーケン氏の黄銅製の墓碑に描かれたものです(1349年)。馬にまたがっている男性が、小麦の入った袋を担ぎながら、馬をなだめています。風車小屋は、小鳥の巣箱ほどにしか見えませんが、もしくは当時の描写法により、すべてを同じ枠の中に入れようとしたせいでしょう。小屋の入口をみれば実際の大きさが分かります。

ここでは小屋全体が旋回軸の上にのっかり、回転翼の重みで少し傾斜し、ポストミルが非常に不安定なバランスの上で釣り合っているのがわかります。それは綿密に重量配分が計算され、テールポール(はしごから突き出ている柱)を持ち上げて風車を回転させます。それは帆船のようにうまく風を捉えられるように設計されているのです。粉屋が小屋の中に小麦袋を立て掛けると、バランスを保つためにその反対側にももう1袋立てる必要がありました。

そしてトウェインが見た風車は、19世紀に残されていた遺物であり、1349年に描かれたこの風車から数えて何と500年以上も後のことです。当初、ポストミルを支えていたのはきっと大きな木の切り株だったと想像しますが、ウォルソーケンの風車では、センターポストはきれいに形取られたものが使用され、それは更に横梁によって支えられています。しかしながら初期の頃からセンターポストは地中に埋められ、先端だけが地面に突き出ているものが多く、よって風車小屋は地面に平らに置かれているように見えます。