#717 日本の麵の歴史②・・・索餅の正体

【④索餅は菓子か麵か】
従来の説を大きく分けると、索餅を菓子とするか、そうめんの前身と解釈するかの2つに分類されます。江戸時代の国学者・塙保己一が、古代から江戸時代初期までに成った史書や文学作品を編纂した「群書類従」の中に「厨事類記(ちゅうじるいき)」という文献があります。これは13世紀に書かれたと考えられ、宮中の食事や料理についての記録です。この中で唐菓子についての箇所に索餅がでてくるので、索餅は菓子だという連想がはたらきます。しかし奈良、平安時代の文献で、索餅を油揚げにすることが記されている記録はありません。

平安末期の「今昔物語集」の中に次のような記述があります。「某寺で客人たちが麦縄を食べ、いくらか食べ残しが出た。寺の別当が『旧麦(ふるむぎ)は薬になる』と言って、残りの麦縄を折櫃(おりびつ)に入れ、棚に置いてそのまま忘れてしまう。翌年の夏、別当はそのことを思い出し、折櫃の蓋を開けたが、麦縄はなく、小さい蛇がとぐろを巻いていた」。「旧麦は、薬」という言葉は、後の時代に長期間保存した「ひねそうめん」を珍重する習わしを思い出させます。また折櫃に入れて、とっておくのは、麦縄が保存食だからです。以上より、麦縄は、腐敗しやすい太い食品ではないだろうと推測できます。

奈良時代の写経所に普段の食料として、索餅を支給、そして平安時代の宮廷では節会(せちえ)の際の宴会の食事の料理の一つとして供しているので、菓子というよりも、料理材料であり、主食的性格をもつ食べ物とみることができます。奈良時代の記録では醤、未醤、酢が、索餅の調味料としてでてくるので、菓子としては考え難い。9世紀末の「宇多天皇宸記(しんき)」には、7月7日に索餅を食べることが、「俗間」でおこなわれていますが、以降これを宮廷行事として取り入れるべしという旨のことが記されています。その後、七夕に関係しての索餅の記事が多くなります。

室町時代の官吏、中原康富の日記である「康富記」にはお盆のお供物についての記述があります。文安4(1447)年7月6日の条には「索麵」、康生元(1455)年7月7日の条には、「索餅」と記されています。僅か8年の間に食品の種類が変化したとは、考えにくいので、索麵と索餅は同じものと考えられます。

奈良興福寺多門院(たもんいん)の院主の日記である「多聞院日記」には、文明16(1484)年7月7日の条に、「嶋庄より公事物(くじもの)素麵五把持参す」という本文に続く送り状の引用には「索餅」と書いてあります。つまり七夕の食べ物としての索餅は、そうめんにうけ継がれていることがわかります。よって索餅は、菓子ではないと結論づけられます。

【⑤「延喜式」の索餅】
「延喜式」とは、「養老律令」の施行細則を集大成した法律集で、927年に完成。法令の施行細則なので、諸国から貢納(こうのう)される食べ物の種類とその分量や、宮廷で消費される食べ物の種類と分量などについても書かれています。そこには天皇と皇后にさしあげる一年分の索餅をつくるための原料と、索餅つくりのために用いられる道具についての記録があります。

「乾索餅籠」という道具があるので、索餅はつくってから、乾燥させた食品と考えることができる。索餅の原料比率は、「コムギ粉:2.5、コメ粉:1、塩:0.1」。

【⑥索餅の再現実験】
上記の索餅の原料比率で、再現実験を行ったところ、麵がつくれることが確認できました。よって索餅は菓子ではなく、麵であったと断定できそうです。コメ粉を入れる理由は、①食味の向上と②ゆで後の麵の劣化が遅くなることと、推測されます。つまりコメ粉を入れると、表面がつるつるして、なめらかで、喉ごしがよく、またゆでた後も、時間が経っても味や歯ごたえがあまり変わりません。

【気づいた点】
「索餅は菓子か麺か?」という議論は長く続いていますが、石毛先生は「麺である」とのお立場です。索餅の原料比率は、「コムギ粉:2.5、コメ粉:1、塩:0.1」とあり、その理由として①食味の向上②湯で後の劣化防止を挙げてあります。確かにその方法は一理あります。しかしコムギ粉100%麺よりもコメ粉を加えた方が良いなら、現在もその製法が主流になっているはずですが、そうはなっていません。これは独断ですが、当時はコメ粉よりもコムギ粉を挽く方がずっと大変だったので、できるだけコメ粉を混ぜたのではないかと推測します。コメ粉にはグルテンが含まれないので、麺がつながらず、どうしてもコムギ粉の力が必要です。

また「今昔物語集」の中で、「残った麦縄を折櫃に入れ、忘れたまま翌年の夏に、その蓋を開けたところ、小さい蛇がとぐろを巻いていた」という記述があります。これも想像ですが、実際は索餅にカビが生えて、小さな蛇に見えたのではないかと考えます。現在の製麺工場では乾燥設備が完備されているので、カビが発生することはまずありません。環境にもよりますが、乾麺は水分が15%以上になるとカビやすくなります。製造工程において、水分管理が十分できなかった昔は、しょっちゅうカビが、生えていたに違いありません。