#653 小麦の起源①

小麦がどこで始まり、どのように改良されながら、そして各地域に伝播していったのかは、とても気になるテーマです。特に我々にとっては、それが小麦の製粉性とどう関係しているのかも興味があります。そこでストーク先生の著作の中に、関連部分があったので、無謀ながらまとめてみました。ただ50年以上経過しているため、その内容は完全ではないかもしれません(例えば下記分類でチモフェービ小麦は、グループ3ですが、現在ではグループ2に分類されているetc.)。またそれ以降も更なる詳細な調査結果や新事実がいくつもあるはずです。しかしそれを割り引いても、興味深い内容ですので、ご紹介いたします。

現在小麦には代表的な3つのグループがあり、細胞の中に含まれる染色体の数によって特徴づけられます。染色体はどの細胞にも決まった数だけ存在します。そして私たちの遺伝的形質は遺伝子によって継承され、その遺伝子は染色体によって運ばれます。植物学者は小麦を次の3つのグループに分類しました:

【グループ1】:染色体数14のもの。このグループには野生型および栽培型のアインコーン小麦しかありません。
【グループ2】:染色体数28のもの。このグループには野生型および栽培型のエンマー小麦を始め他にいくつかありますが、その内重要なものはデュラム小麦で、これはマカロニ、スパゲッティなどに使用されます。
【グループ3】:染色体数42のもの。「パン小麦(または普通小麦)(学術名:Triticum vulgare)」を始め最も重要でかつ多く栽培されている小麦品種。また「クラブ小麦(学術名:Triticum compactum)」もここに含まれます。尚「パン小麦」についてはこれまで野生型は見つかっていません。

農学者アーロンソンは、1906年に野生エンマー小麦(emmer)と野生アインコーン小麦(einkorn)、そして野生大麦を発見し、一躍有名になりました。これらの麦は今でも、アナトリア(Asia Minor)東部、シリア、パレスチナ北部、イラク北部、トランスコーカサス、イランといった地域からアフガニスタン、トルキスタン(turkestan)にかけて生息しています。

ところで小麦の分類の一つに、「野生型」と「栽培型」とがあります。これは熟したときの穂軸が折れやすいか折れにくいかの違いです。前者は、種子が地面に飛び散るので、子孫繁栄という目的に合致していますが、実を集めにくいので、収穫目的には向いていません。そして後者は、逆に収穫に適しているので、「栽培型」と名前がついています。野生型のなかにも穂軸が折れにくいのが少数混じっているので、そういう折れにくい種子だけを選んで、栽培を繰り返すと、最後には「栽培型」ができるという仕組みです。

さてこの7対の染色体のブロックのことをゲノムいい、小麦ではこのゲノムが基本となって、片方の親からの染色体と、もう一方の親のそれと組になり、均一に混ざり合って作用します。【グループ3】、つまりパン小麦には3つのゲノムがありそれらは、A、B、Cと名前がついています(画像参照)。ただ一つだけ例外があり、それはトランスコーカシア(Transcaucasia)産のチモフェービ小麦(Triticum timopheevii)で、染色体グループCの代わりに、Dというゲノムが入っています。ゲノムAは全ての小麦に共通していて、その源は野生型アインコーンです。ゲノムBは、グループ2、グループ3の小麦全てに含まれています。ゲノムBはゲノムA小麦(野生型アインコーン)を経由し、コムギ属に入ってきました。

これらの関係からわかることは、最初の2ゲノム小麦は、1ゲノム小麦(野生型のアインコーンもしくはその栽培型の子孫)が育っていた地域に現れたに違いないということです。そして最初の3ゲノム小麦は、2ゲノム小麦が既に栽培されていた地域に現れたに違いありません。アインコーンは必ずしも栽培型である必要はありません。その理由は2ゲノムグループの中には野生型のエンマー小麦があるからです。よってエンマー小麦は、きっと最初は野生型から始まったのでしょう。しかし3ゲノム「パン小麦」については、栽培型しかないので、その親である2ゲノム小麦は栽培型でなければなりません。

【小麦の系統図】
文字A、B、C、Dは染色体7対が一組になったゲノムを表し、遺伝子の伝達においては一つにまとまって行動します。全ての小麦に存在するゲノムAは、野生型アインコーン由来のもので、ゲノムB、C、Dは野生穀物と交配したものか、もしくは染色体の変化によって起こる染色体倍加によるものです。