#521 製パンを科学する③・・・発酵がグルテンの弾性化に及ぼす影響

発酵は少なくても多すぎてもパンは膨らみません!

発酵は少なくても多すぎてもパンは膨らみません!

ホームベーカリー(HB)で食パンを焼いていると、冬場は良く膨れるのに、夏場になると今一歩となることが多いようです。気温が高くなるために起こる過発酵(発酵過多)が原因で、その対応策として「冷水を使用する」、「小麦粉を予め冷蔵庫で冷やしておく」などが挙げられています。また最近は気温対応型の焼成プログラムを組み込んだHBもあるので、機会があれば是非一度、その効果を試してみたいと思います。

ところで「過発酵」が原因と言われると、何となく雰囲気はわかっても、その仕組みが今ひとつピンときませんが、今回「製パンを科学する」を読んでみて、少しだけ理屈がわかったような気がしました。前回に引き続き、浅学非才を顧みず、その辺りの説明を試みたいと思います。

発酵中の生地内では、アルコール発酵により、炭酸ガスが発生するため、気泡内の圧力は除々に増加します。これは井上好文先生の表現を引用すると、「気泡内部から気泡膜に向けてパンチを連続的に加えている」ことになります(図9)。言い換えるとうどん生地を足踏みしているのと同じ状態が再現されていることになります。するとこの上昇した圧力によりグルテンは、単に伸ばされるだけでなく、複雑に絡み合い、立体網目構造の構築が更に進みます。結果、生地の伸展性だけでなく、弾性も高まることになります。

つまり「イーストの発酵力が大きい ⇒ 炭酸ガスが多く発生する ⇒ 気泡内圧力が高くなる⇒ グルテン凝集物の弾性力が強くなる」となります。また逆に発酵力が小さくなると、弾性力は小さくなます。例えばイーストの量が多すぎたり、発酵温度が高すぎたりすると、気泡内圧力が高くなり、パンチ力が大きくなり過ぎます。結果、グルテンの立体網目構造が稠密になり過ぎて、弾性が強くなり、気泡が傷ついてしまい、生地が膨らみにくくなります。これが所謂、発酵過多もしくは過発酵の状態です。また逆に発酵が不十分だと、十分な弾性が確保できず、生地が十分に膨らむことができず、発酵不足の状態となります。

発酵中に生地内で起こっていること

発酵中に生地内で起こっていること(製粉振興№581より引用)

このようにグルテン凝集物の弾性は、強すぎても弱すぎても良くなく、適度の弾性化が、理想的な生地の膨張を可能にします。「成形」により潰れた生地は、最終発酵のホイロの中で、再び大きく膨張し、それを加熱したオーブンに入れると、イーストの死滅温度の60℃近くに達するまでの数分間に、かなりの炭酸ガスを発生し、膨張が更に急速に進みます。これが「オーブンスプリング(oven spring)」、所謂「窯伸び」です。一般にはホイロとオーブンでの膨張比率は8:2くらいが理想と言われています。またホイロで膨らみ過ぎると、オーブン内で、気泡が壊れて落ち込む、「窯落ち」現象が起こることもあります。

最後に製パン工程を簡単に整理します。パン生地は、混捏時に生成された気泡を核とし、その後発酵によって生じた炭酸ガスを取り込むことにより、更に成長し膨張します。そしてその膨張を支えるのが、グルテンの立体網目構造です。グルテンは粘性と弾性、つまり粘弾性を有するタンパク質ですが、パン生地を支えるのは主として弾性によるものです。このときこの網目構造がスカスカで不十分だと弾性が足りずに、生地を支えることができず、十分に膨らみません。また逆に稠密になり過ぎると、弾性が強くなり過ぎ、生地が十分に膨張できません(過発酵)。つまり最適なバランスのときに生地が大きく膨らむことができるのです。

先人達が経験則により見つけだした、「パンチ」、「分割・丸め」、「成形」などの工程は、「膨らませては潰す」という一見意味のない操作のように思えますが、これこそが最適な窯伸びを実現させる、絶妙なグルテンの立体網目構造を構築する方法です。現在では、高速ミキサーに利用により、一部工程の簡略化が可能ですが、手作業に頼っていた時代は、この作業工程が最適だったわけです。