#350 過去50年の小麦価格の推移

最近は天候不順による生産高の減少、また新興国の需要増などの原因で、穀物の国際価格が不安定な動きをしています。特に2008年の旱魃による小麦価格の高騰については、まだ記憶に新しいところです(#134)。このときは瞬間的にではありますが、1ブッシェル$13.345まで高騰し、一体いくらまであがるんだろうと、不安になったことを鮮明に覚えています。

ところでグローバル化された現在、小麦の標準的な価格は何か基準になるかといえば、やはりアメリカの穀物相場です。日本も戦前戦後は自給自足、つまり食料自給率100%でしたが、高度成長時代に入ると分業制の結果、食料の輸入が一気に増えました。小麦も同様、1960年代に入り、割高な国産麦は劇的に減少し(#344下のグラフ)、小麦粉製品価格は、輸入小麦価格、つまりアメリカの穀物相場によって決定されることになります。実際の輸入小麦には、国産小麦振興の補助金原資となるマークアップが上乗せされるため、割高にはなりますが、単純に言うと、製粉会社が使用する原料小麦価格も、アメリカの穀物相場によって決定されることになります。

それではこれまでのアメリカでの小麦価格はどう推移しているかといえば、次のグラフをご覧ください。1㌧当りのドル価格は、青色の折れ線グラフで示されています(出典はアメリカ合衆国農務省HP)。これをみると1950年には73ドルであったものが、2011年には266ドルと3.6倍になっています。また1968年には46ドルだったので、それと比較すると5倍以上になっているのがわかります。つまり小麦の国際価格は過去50年でざっと5倍になっているのがわかります。

それでは、円建ての小麦価格もそうかと言えば、状況は全く異なります。ドル建てのアメリカ小麦価格を当時の為替レートで円換算した価格は、上の赤色の折れ線グラフになります。1950年には26,280円/㌧であったものが、2011年には21,018円と、逆に61年経過しても安くなっています。また1999年には10,144円/㌧という信じられない位の安価でした。逆に円建て最高価格は1974年の43,905円/㌧でした。つまり小麦価格は、為替レートに大きく影響されますが、その為替レートは、変動相場制に以降して以来、ずっと円高傾向が続いています(下図グラフ参照)。

つまり私たちの暮しに限っていえば、小麦価格は50年前と比較してほとんど同じで、ここ数年の国際価格の高騰は、円高を考慮すると、歴史的にはほとんど影響ないとも言えます。一言でいうと、小麦の国際価格は過去50年で約5倍になった一方、為替レートは360円→80円と極端な円高になったために、お互いが相殺されてしまい、円建て小麦価格は50年前とほとんど変わりないと言えます。

話は変わりますが、IMFの年次総会が東京で48年ぶりに開催されたのに際し、各紙には当時との経済比較が紹介されていました(右画像参照)。GDPは15倍以上(30兆→470兆)、一人当りのGDPは12倍(31万→368万)、円の力は4.6倍(360円→78円/ドル)、個人金融資産は58倍(25.7兆→1500兆円)などなど、今となっては信じられないことですが、日本経済はこれほどまでに成長しました。しかし、小麦を始めとする農産物はそれほど変わっていません。つまり食材価格は、相対的には随分と下落したことになります。

このようにみると「いくら国際価格がいくら上がろうと、その影響は限定的である」と考える方がいるかも知れません。しかしこの歴史的な円高がいつまでも続く保証はありません。またそれ以前に、一旦食料危機が始まると、状況は一変します。つまりいくらお金を積んでも、売ってくれるとは限りません。よってそういった不測の事態に備え自給率を上げる必要があるという、所謂食料安全保障の考えも重要だとも考えます(しかし当事者が発言するとどうしても我田引水的になってしまいます)。TPPを始め、難題山積ですが適切な政治力を発揮していただきたいと願って止みません。