#339 塩の働き・・・乾燥の抑制

うどんづくりには、塩水を使用します。塩を入れる理由は、いくつもありますが(#111)、今回は乾麺に関連して、「乾燥の抑制」についてご紹介します。もし乾麺を製造するときに、小麦粉を塩水ではなく、真水で練ったとすると、その乾燥作業はとても難しいものになります。それを理解するために、乾麺の乾燥工程を簡単に説明いたします。棒に吊るされた乾麺は、乾燥室の中をグルグルと一周する間に、だんだんと乾燥されるわけですが、そのとき水分は均一に蒸発するわけではありません。

吊るされた麺は、まず空気に触れている周辺部分の水分が蒸発します。すると周辺部分の水分が減少するのに対し、中心部分は元の状態のままです。つまり内側と外側では水分格差が生じるので、水分は中心から周辺部分に向かって移動します。すると周辺部分の水分が再び多くなって、この水分は表面から蒸発します。そしてこの作業は、最終的に乾麺の適正水分である14%前後になるまで続けられます。言い換えると乾麺の乾燥は、常に表面部分の水分の蒸発によって行われ、表面部分の水分がなくなると、中心部分から補充され、最終的に乾燥が終了するわけです。

このように乾燥の原理そのものは至って簡単ですが、実際の乾燥工程はそれほど簡単ではありません。理由は乾燥スピードの問題です。乾燥が速過ぎると、表面から蒸発するスピードに、内側からの水分の移動スピードが追いつかず、乾麺内部での水分格差が大きくなってしまいます。すると麺が反り返り、この水分格差が大きくなりすぎると、乾麺特有の「縦割れ」という現象を起こします。これは一見乾燥がうまくいったように見えても、実際にゆでた段階で、縦割れが起きることをいいます。また乾燥直後にゆでて問題がなくても、1~2週間経過したものをゆでて、縦割れが起こることもあるので、なかなか厄介です。もちろんこうなってしまうと、商品価値がなくなることは言うまでもありません。

さてここで塩水の登場です。塩水は真水と比較して水分の蒸発スピードが遅いので、麺の表面からの蒸発スピードも遅くなります。つまり乾燥室内の湿度が急に下がったとき、真水で練った生地であれば、表面から急激に蒸発するために内部との水分格差が大きくなりますが、塩水で練った生地では、その蒸発スピードが緩慢になるため水分格差が大きくならず、よって内部からの水分の移動が表面の蒸発スピードに間に合います。よって多少乾燥室内の湿度が急激に変化しても、塩水がある種の緩衝材となって、乾燥がうまくいくのです。

ではなぜ塩水は真水より蒸発スピードが遅いのか?以下、受け売りですが簡単に説明いたします。コップに入れた水は、一晩放置するとその水面は下がります。これは動き回っている水分子の一部がコップから飛び出してしまい、その分その蒸発するからです。つまり水は沸騰していない常温でも、少しは蒸発しています。そしてこの表面から飛び出る水分子の飛び出す力を「蒸気圧」といいます。つまり塩水よりも真水の蒸気圧が大きいので、真水の方が蒸発しやすく、逆に塩水は蒸発しにくいことになります。海水に浸かった衣類はべとべとして気持ち悪く、乾きにくいですが、これは塩水の蒸気圧が小さいためです。

そしてこの蒸気圧は、水に溶けている物質(溶質)の多いほど、小さくなります。つまり5%食塩水よりも10%食塩水の方が、蒸気圧は小さくなり、よって蒸発しにくくなります。このとき溶質は、食塩でも砂糖でも何でもよく、とにかく「濃度が濃くなればなるほど」、蒸気圧が小さくなり、蒸発しにくくなります。では10%の砂糖水と10%の塩水は同じ蒸気圧かといえば、そうではなく塩水の方が蒸気圧は小さくなります。理由は、砂糖の分子は食塩のそれよりずっと大きいので、同じ10gでもその中に含まれる分子の数は、食塩の方が砂糖よりもずっと多くなるからです。

つまり人口密度は、食塩10gの方がずっと大きく、よって蒸気圧が小さくなり、蒸発しにくくなります。厳密にいうと蒸気圧の減少は、溶質の濃度、つまり溶けている溶質の分子の個数に比例することになります。そして更に言うと、少し込み入った話で恐縮ですが、特に食塩の場合は、水の中ではNa+とCl-というイオンに分離しているので、実際の濃度は、単純に考えるとNaClの2倍になり、その分さらに蒸気圧は小さくなり、よってそれだけ水は蒸発しにくくなります。