#004 「さぬきの夢2000」 Part3 ・・・ そのデメリット

デメリット
(1)作業性の問題

「さぬきの夢2000」でうどんを作った人に意見を求めると、大抵「リキが弱い」、「切れやすい」、「だれるのが早い」、また全体的に「作業性が悪い」といった声を聞きます。従来のASWに比べると確かに作業性に難があるのは事実です。これは、主としてそのたんぱく含有量の低さにその原因があります。ASWの小麦粉に含まれるたんぱく質が9%以上であるのに対し、「さぬきの夢2000」のそれは、8%程度で両者には1%以上の開きがあります。たんぱく質が少ないため、グルテンが十分に形成されず、麺生地の力がどうしてもASWに比べて弱くなります。一旦、ゆでてしまえばでんぷん質が糊化して、でんぷんの性質が前面にでてきますが、ゆでるまではどうしてもグルテンが主役で、生地の形成に重要な役割を果たします。

グルテンが少ないと、延ばしていると周りがひび割れやすくなります。また練った生地を熟成させすぎると、だれやすくなります。他にも混捏が十分にできてないと、グルテンが低い小麦粉の場合よけい切れやすくなります。このような問題点は、通常より加水を数パーセント少なくするとか、塩分濃度を上げることによってある程度改善できますが、その調整はかなり細かくする必要があり、従来品と比較して作業効率の低下は否定できません。

特に現在のように、ある程度機械化された状況では特にその傾向が強くなります。今は、手打ちうどんと看板をあげていても、大抵のところは程度の差こそあれ、機械が導入されています。機械は同じ強さで、練ったり、捏ねたり、また延ばしたりすることは得意ですが、生地の強さに応じて加減するようなことはできません。「あ、切れそうだ」というときでも、常に同じ強さで延ばして、そして「ぶちっ」と切れてしまいます。ところが、手作業だと、そのあたりの加減を見ながら力を込めたり、抜いたりして上手に切らずにうどんにすることができるのです。残念ながらそんなファジーな感覚を制御できるハイテク製麺機はまだうどん業界では開発されていません。

誰でも手間暇かけて、手順を踏んでつくれば、きれいでおいしいうどんができますが、機械化が進んでいるところでは、なかなかそうはいかないのです。特に、流行っているうどん屋に限って、限られた時間で作業することを求められます。というのは、大勢の客に対応するには、機械に頼らないと不可能だし、逆にすべて手作業だと、限られた数の商品しか提供できないからです。だからハッキリいって繁盛店、というか行列ができるようなお店で「さぬきの夢2000」うどんをおいしく食べてもらうことは至難の業だと思います。

その点、ASWは作業性に関しては優等生です。多少加水が増減しても、熟成時間がずれても、また宵練りでも、おいしいうどんができる、なんでもオッケーの優秀な小麦で、とっても許容範囲の広い小麦なのです。そこではたと思い当たる節があります。昔、香川県生麺組合の初代理事長であった高橋繁一氏は次のようにいっています。「宵ごねはいかん。あれは麩がですぎる(さぬきで生地がだれることをいいます)。朝になるとぼけてしまう」とか、塩加減については「茶碗一杯の塩に、夏だと六、七杯の水で、冬は十二杯という具合だね。しかし、要は長年のカンで決めるんだよ。冬だって表に氷が張るようになれば十五杯でもいける」という具合です(蛇足ながら、塩加減は土三寒六ではないので塩の純度はかなり高かったようです)。

でもASWに慣れた人にとっては、こういうことを言われてもなかなかピンときません。だって、いちいちそんなこと気にしなくてもちゃんとしたうどんが簡単に作れるのです。逆に、そんなことを言ってると、昔の人はうどんづくりが下手だったのかと思うかもしれません。しかし、実は内麦とはもともとそういうものなのです。そして「さぬきの夢2000」も同じく、おいしいうどんを提供してくれると同時に、打つ人を選ぶ小麦でもあるのです。つまり、少し荒っぽい表現ですがテニスラケットとかゴルフクラブと同様、スイートスポットが広くて打ち易いのがASW、逆に狭くて難しいのが「さぬきの夢2000」なのです。難しいけれど、どんぴしゃり当たれば、どこまでも飛んでいく、ではなく本当においしいうどんができるのです。そしてそういう点において、うどん屋さんの腕を試すには、格好の小麦であるともいえます。

(2)供給量および品質の問題
「さぬきの夢2000」がもつ3番目の問題点として挙げられるのが、その供給量および品質です。先ほど触れたように、香川の内麦は昭和38年に最高の収穫高を記録しましたが、その二年後には作況指数が11と壊滅状態になりました。たとえどんなにいいうどんであっても、商品がないのでは売ることもできません。昔はあるだけの商品をつくって、「売切れご免」で済ませることができる大らかな時代でしたが、現在はそういうわけにもいきません。量販店、うどん専門店の予定もあるし、包装資材も充分つくったのに、商品がないのでは無駄になってしまいます。

また品質の浮動、つまりバラツキも別の大きな問題です。秋の長雨にあえば播種ができず、小麦の生育に影響がでてきます。また収穫前の長雨は、低アミロ小麦となり品質の極端な劣化を招き、うどんにならない場合もあります。丹精込めて作った小麦が順調に育ったとしても、これが収穫前の一雨でダメになることもあるのです。では、なぜこんなことがおこるのか、その理由は日本の地理的条件と気候条件にあります。国土が狭いため作柄がいいときは全部いいこともあるけれど、逆に全滅の可能性だってあるわけです。特に香川県は日本で一番小さな県なので、よけい心配になります。関係ないことですけど、大阪府はかつて香川県より小さな都道府県でした。しかし、埋め立てによりだんだんと広くなり数年前に香川県を逆転してからは、香川県が首位というか最下位の座を守っています。

このように考えると次のような状況だってあるかもしれません。ある年は生産量、品質共に良かった。次の年は、日照不足と低温のため収穫高が減少した。またその次の年は、収穫高は増加したけれど長雨にたたられ品質が極端に劣化した。こんな感じで、質、量ともに目まぐるしく変わると、製粉工場もまたうどん屋さんもその対応が大変です。つまり「さぬきの夢2000」の振興を計るためには、小麦の品質、およびその供給量の安定化が大きな鍵になります。