#986 ともあり遠方より来る・・・鶴越製麺所@上越市
鶴越製麺所の大将は、元旦から5日までの営業を終えたその夜、吹雪の中、自家用車をぶっ飛ばして6日未明に香川に入りました。今回の旅は、夫婦水入らず2泊4日の大人の修学旅行だそうです。大将は、福岡で生まれ、名古屋の大学に学び、横浜の会計事務所で働き、その後女将さんの里である上越市にJターンし、鶴越製麺所を開業。開業までの簡単な経緯は以下の通りです。
手打ちどんに目覚めた小川大将は、手打ちうどんの修行を志します。2007年3月に高松の繁盛店あづまうどんを紹介され、いきなりその年のGW5日間、毎日小麦粉40kgのうどんを打つことになります。そして翌年の2008年4月25日には突然、「明日、四国に入るので、寄ってもいいですか?」と弊社に電話がありました。お話を聞くと、6月の開店を前に、「ぜひさぬきで、うどん修行の仕上げをしたい」ということでした。そこで今度はGWを挟んだ2週間、手打ちうどんを無料で接待しながら、お遍路さんの接待所を廻り、その最終日が弊社近くの「歩きへんろ・加茂駅」でした(#138)。
あれから18年の歳月が流れましたが、その間鶴越製麺所を維持するのは、並々ならぬご努力があったとお察しします(風格もでてきた?)。本場香川県でさえ、うどん店を開業して軌道にのるのは5店舗に1店と言う方もいます。ましてやラーメンやそばが主流の新潟県では、なおさらご苦労があったに違いありません。しかも自分のお店の運営だけでも大変なのに、先日は、「絹延橋うどん研究所」の大将が入院するというので、助っ人として3ヶ月も単身赴任したと聞きました。通常ではあり得んことですが、絹延橋の大将とは、大学時代の先輩後輩の間柄であると聞き納得。それにしてもその間は、鶴越製麺所をほったらかしにしていたわけで、実際は女将さんの方がもっと大変だったかもしれません。蛇足ながら、以前、絹延橋の大将が、「うどんを打っているときは、ぼーっとして何も考えません。しかしそのトランス状態が、何よりも心地よいんです!」とおっしゃったその一言が忘れられません。
話が前後しますが、18年前に大将は軽バンでやってきましたが、そういえばその前年の2007年、もう一人同じように軽バンでやってきた青年がいました。それが「さすらいのうどん職人」竹原青年でした。彼のすごいところは、北海道を皮切りに、2年かけて日本全国津々浦々を廻りながらうどん武者修行の旅を完遂したことです。軽バンの中には、タライ、鍋、打ち台、麺棒、醤油、小麦粉などありとあらゆる材料が積み込まれていて、今でいうキッチンカーのはしりです。その竹原青年も、今では二児の父親となり、地元綾部の人気店「竹松うどん」は昨年(2025年)10月にめでたく15周年を迎えました(#108、#392)。
それにしても、鶴越の大将、絹延橋の大将、そして竹松うどんの大将といい、なぜそこまでうどんに感情移入できるのか、理屈ではなかなか理解できません。もちろん私もうどんは大好きですが、こういう臨界点に達するまでの気持ちというか、うどんとの一体感・融合状態までにはなかなか到達できません。しかし私たちのうどん業界は、このようなうどん愛に溢れた人たちによって支えられていることを痛感します。ただただ感謝しかありません。うどんを打っているときに、理由もなくただただ楽しいと感じたり、恍惚感を覚えたりする方は、うどん屋の大将の資格ありです。
鶴越の大将からは木曜日の夜、「現在、福井県南條を通過中、あと3時間ほどで帰着できそうです」とのメッセージが入りました。予定通りならその日の帰着のはずですが、吹雪いていれば2泊5日の旅になったかもしれません。またお二人揃って元気な姿でお越しください
