#978 ダブルスクールの思い出

先日、あるうどんイベントがきっかけで、「なぜ讃岐うどんは全国区になったのか?」と改めて考えてみました。するとやはり昭和63年の瀬戸大橋開通が最大の要因だと思います。四国と本州が陸続きになったことで、さぬきうどんツアーが一気に身近になりました。もちろんさぬきうどんというコンテンツがあっての話ですが・・・。さて、インラスト担当者の新着情報をお届けします。
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私は学生時代に、短期間でしたがデザイン系専門学校に“ダブルスクール”していた時期がありました。月に数回ですが、拙いイラストばかり投稿し続けていたため、「もう少し上達したら?」とアドバイスされ、スキルアップのために通い始めました。

学校は週に3回、19時〜21時半で2コマの授業。同じ年に入った同期はたしか30人ほどで、同期生は、昼間は服飾学校の学生、アニメが趣味のサラリーマン風の人など、さまざまなバックグラウンドの人が集まっていました。基本的には2年間通い、ポートフォリオ(自分の作品集)を制作し、デザイン分野への就職・転職を目的として入った人が多く、学校側もまたキャリア支援に熱心でした。

一方の私は、IllustratorやPhotoshopの基本を身につけることが目的だったため、基礎講義の3~4ヶ月のみの短期受講でした。授業では IllustratorやPhotoshop の基本操作、パスを使ったトレース、簡単なパンフレット制作など、基礎からしっかり学びました。基礎が終わると同期は、紙・Web媒体を扱うデザインコース、動画やCGを扱う映像コースなど、専門的なクラスに分かれました。

受講中は会話が多い環境ではなく、普段の生活圏もそれぞれ違うので、週3回の授業で「仲良しグループ」ができるような雰囲気でもありませんでした。それでも、いざコースが分かれるとなると、30人で集まる機会がなくなるのが少し寂しく感じられました。

ところが基礎講座の最終日、同期の一人・Mくんが授業後にお食事会を提案しました。集まったのはたまたま8人。ほぼ初対面同然のはずなのに不思議と波長が合い、その会をきっかけに定期的に集まるようになりました。

その後、私以外の7名は2年コースを無事修了し、デザイン事務所や映像制作会社への就職、海外留学など、それぞれ別の道へ進みました。集まる機会は年4回、2回、1回……と少しずつ減りましたが、今でもLINEグループは動いています。

最近、カナダに留学し、ワーキングホリデーを経てデザインの仕事をしていたお姉さんが、6年ぶりに一時帰国するとの連絡があり、久々に数名が集まることになりました。お姉さんの住むバンクーバーは、日本人・外国人が多く、人も優しい街。家の裏にはビーチがあり、横になって絵を描く時間が最高のリフレッシュになるといいます。永住権も取得し、すっかり現地の住人です。フライト時間が長いのが唯一の難点ですが、在住中に一度は訪れてみたいと思っています。

久々の再会は会話が途切れることもなく、楽しい時間はあっという間でした。そして最近、この仲間とついに一緒に仕事をする機会が巡ってきました。クリエイティブ案件なので、今からわくわくしています。学生時代のダブルスクールでの出会いが、今も続き、さらに仕事の縁にまで発展していることに、改めてありがたさを感じています。