#971 ニューマチックミル
昭和30年代(1955年~1964年)は、岩戸景気に始まり、高度経済成長期へと向かう発展が本格化した時代です。製粉産業も同様で、各社とも設備増強が進み、また同時に近代化が進んだ時期でもありました。当時、製粉工場における一番大きな変化といえば、工場内での小麦粉の搬送方式が、機械搬送方式(スクリューコンベア・バケットエレベーター方式)からニューマ方式(空気搬送方式)に変わったことです。前者は、スクリュー羽根やバケットを使って小麦粉を機械的に掻き上げ・押し上げて搬送するのに対し、後者は圧縮空気やブロワを用いてパイプ内を流れる空気流により小麦粉を搬送する方法です。
機械搬送方式は、構造が比較的単純でエネルギー効率が良いので運転コストが安価ですが、コンベアの隅に粉溜まりができるために衛生面での問題がありました。一方、ニューマ方式は、エネルギーコストが高くつくものの、小麦粉がパイプ内を流れるために粉溜まりが発生せず非常に衛生的、かつパイプの方向を自由に変更できるため、自由なレイアウトとスペースの節約が可能であるため、現在ではこちらが業界標準となっています。ちなみに製粉工場のことをミル(mill)というので、当時はこのニューマ方式を採用した製粉工場をニューマチックミルとよんでいました。
当時、ニューマチックミルの登場により小麦粉の品質は果たして変わるのか、また変わるのならどのように変わるのかという点において関係者はかなり悩んでいたようです。実際、当時の記事には、「戦後のわが製粉産業に革命的一石を投じたものはニューマチックミルの出現であろう。ところが、そのニューマチックミルから作られた粉は、設備における程の革新的なものが現れず、われらも度々その得失を筆に上せたが、毀誉相半ばして帰する所を知らなかった。」といった記述があります。つまりは、設備は革新的だが、粉の品質はそれほど画期的ではなく、その評価も賛否両論で定まらなかったようです。
ニューマチックミルの小麦粉が従来の小麦粉と品質において果たして異なるのかどうかは興味深い点です。「小麦とその加工(長尾精一著)」の中には次のような記述があります。「以前に比べて、小麦の段階で熟成が効いたものを原料に使えること、製粉工程にニューマ(空気搬送)方式が導入されて、小麦粉に酸素が抱き込まれるチャンスが多くなったことなどもあって、現在ではパン用粉の場合でも、あまり長い熟成期間は必要ないようである」。
つまりニューマ方式を導入することで、製粉工程中において、ある程度強制的に熟成が進むために、以前ほど小麦粉の状態での熟成期間は必要ないということです。小麦は他の穀物(米や蕎麦)と異なり、安定した品質で使用するためには、粒の状態でも小麦粉の状態でも熟成つまりエージング(Aging)が必要です。しかしニューマチックミルの登場により、後者の段階での熟成がほとんど不要になったようです。
さらに同書によると、「一般的に、小麦の貯蔵中の変化に比べて、小麦粉にしてからの変化の方が速い。小麦粉は挽きたてのごく短時間に、ある程度の改良効果が現れた後、その品質はかなりの期間ほぼ安定的な状態になり、それを過ぎると徐々に低下していく」。つまり小麦は粒の状態では長期間その安定した状態を保持することができますが、小麦粉になってしまうと、できるだけ早く使用した方が良いということになります。熟成と劣化とは矛盾しているようですが、誤解を恐れずにいえば、小麦粉はできるだけ新しい方が良いと考えてさしつかえありません。
小麦粉を長期間貯蔵するにつれ、グルテンの伸展性は劣化します。するとパンの膨らみも徐々に低下するという理由から、強力粉の賞味期限を中力粉や薄力粉のそれよりも短く設定するメーカーもあるようです。