#783 食事がヒトをつくる④・・・耕作による文明化の始まり

一般に古代の食料採集者が食べていた多くの植物は、実際のところ口にすると不味く、また念入りに処理を施さないと毒性のあるものさえありました。ドングリからはタンニン酸を、またマニオク(キャッサバと同じ)からは命取りになるシアン化水素酸を、取り除く必要がありました。そして穀物については硬いセルロースの皮の部分及びその内側の少し消化の悪い層を、内側の胚乳部分と分離しなければなりません。この頃のヒトが食べていた食材は、現代の味覚からすると、ぴりっとして苦く、また吐き気を催しそうな、そして味気のないものが多かったようです。

食物採集者は、見つけてきた植物を加工して、それを食べられる状態にまでする必要がありました。加工方法は、色々あります。苦みや灰汁を取り除くために水で洗ったり、浸けたりする方法。現在でもトウモロコシや果物でときどきやっている、日光に干す方法。埋めたり吊したりする方法。また発酵させる方法もあります。現代人もザウアークラフト(塩漬けして発酵させたキャベツ)やピクルスが好きですが、古代人はとりわけ酸っぱいものを好んでいたようです。ほら穴を利用して燻製にしたり、加熱したりする方法もありました。更には消化吸収を良くするために、硬い食材を挽いたり砕いたりする方法もありましたが、これらの方法がどんな順番で考案されたのかは不明です。

植物採集者たちの食生活において、植物食材が肉食よりも浸透するには、これら一連の加工方法の普及が不可欠です。それに加え、食材の通年需要を充分に賄えるだけの供給方法を確立するために、誰でも習得できるような簡単な生産手順を用意する必要がありました。温帯で生育するほとんどの植物は、一毛作であるため、栽培計画は、集団生活の年間計画に基づいて決められる必要があり、また一度に食べてしまわないよう、しぶしぶながらある程度の自制も求められました。

このような努力を続けている間に、自然そのものが更に重要な観察対象になります。成長、結実、枯死、発芽といった植物の一連の成長過程は重大な関心事になり、季節、天体の運行、天候などとの関連性が、つぶさに観察されるようになります。そして神秘的なものや実用的なものが入り交じった、信仰の母体がだんだんと形成され、その後の宗教の原型となり、農業の始まりにおいては重要な役割を占めるようになります。そしてヒトは、植物を耕作するという最重要課題を学び、文明の入口にしっかりと足を踏み入れます。こうして彼らはようやく、私たちが今なお探求し続けている文明社会の視界の中に入ってきました。

肉、果物、野菜などは、そのまま放置しておくと腐りやすく、長期保存方法が確立されたのは、近年になってからです。しかし穀物は、乾燥した状態さえ維持すれば、その栄養価値は保持され、味も長期に亘り損なわれることはありません。しかも穀物はエネルギー補給源としては、数ある食材の中でも最も適しています。腐らないこと、そして空腹を癒す最も有効な食材であること、この2つの特長によって、穀物は人類の食生活の中心的位置を占めるようになりました。そして他の食材がことごとく失敗する中、穀物だけが人類に危機を乗り切らせることができたわけです。人類は、穀物を食生活に取り入れ、技術を更に発展させて、口に合うように改良し、穀物を一年中食べることができる社会を作ることに成功しました。

つまり進化の過程を簡単にまとめると、①肉食により脳が発達した結果、知性を獲得 ⇒ ②食材の加工方法の習得 ⇒ ③耕作による文明化となります。