#611 ハワイの製粉会社

f611ハワイの人口をご存知ですか。日本人にとっては余りに有名な観光地なので、さぞかし大勢が住んでいるのかと思ったら、なんと142.8万人(2017年現在)。個人的には意外な数字でした。これは沖縄県(142.3万)とほぼ同じです。また2017年の年間観光客数はハワイの938万人に対し、沖縄県が939万とこれも同数。

ただ平均滞在日数は、ハワイの8.95日に対し、沖縄は3.78日、そしてそれに応じて観光客の平均消費額もハワイ19.56万円(1787ドル)に対し沖縄県7.53万円と、ハワイが大きく引き離しています。ハワイに訪れる観光客を人口換算すると、938万×8.95÷365=23万人。よって観光客も含めると、人口は142.8+23≒166万人相当となります。

さて製粉産業は装置産業と言われ、近年大規模化が進み、工場数は減少傾向にあります。それでも現在人口97万人の香川県には3社があるので、ハワイにあっても何ら不思議はありません。しかしハワイという地名から製粉工場を連想する人は誰もいません。というか余りに観光としてのイメージが強いのです。そこで調べてみると、果たして、オアフ島にはハワイ唯一の製粉会社、ハワイ製粉(Hawaiian Flour Mill,以下HFM)という、いかにもありそうな社名の製粉会社がありました。

HFMは東京オリンピック開催の1964年に、ハワイ州唯一の製粉会社として設立されます。当然それ以前は、アメリカ本土から小麦粉を輸送していたわけです。小麦粉を運ぶのと、小麦を運んで製粉するのとどちらが効率的であるかは、一概には言えません。しかし製粉工場ができると、かなりの小麦粉が生産されるので、それなりの市場規模が必要です。1964年当時のハワイの人口は70万人でしたが、近い将来小麦粉需要が増大すると見込んで、建設に着手したのだと推測します。

HFMは、工場、小麦サイロ、敷地といった施設すべてが、ハワイ州との賃貸契約という特殊な経営形態としてスタートします。つまりHFMは当初、ハワイ州主導で進められたに違いありません。そして設立から50年を迎えた2014年、リース再契約が合意に達せず、廃業を決断します。諸問題はありましたが、最大の障壁は、小麦サイロの移設が条件づけられたことです。つまり従来は製粉工場と小麦サイロが一体となったミルサイロでしたが、これが分離されると、わざわざ小麦をサイロから工場まで、搬入する手間が増え、効率が落ちるため、工場の継続を断念したと報道されました。

ハワイ州は港湾周辺の再開発にあたり、どうしても小麦サイロの撤去が必要と考えたのでしょう。オアフ島で50年間操業し続けた製粉工場には13名が勤務していましたが、誠に残念な結果となりました。ただ50年が経過し、ハワイは世界有数の観光地に成長しました。また技術革新により物流形態も発達し、小麦粉などの食材をアメリカ本土から流通させることに、さしたる支障はありません。そういう意味でHFMはひとつの歴史的使命を終えたのかもしれません。

しかし製粉工場閉鎖後、HFMはグアム、ハワイ一帯を商圏とする総合食料問屋兼配送会社に特化し、地域経済に貢献し続けます。年商は300億円を超え、ハワイではダントツの食品問屋です。そしてこれで一件落着と思いきや、今度はヒューストンに本社がある総合食品商社のシスコ㈱が、2017年にHFMを買収します。シスコ㈱は1969年設立ですが、いまや社員65,000名、年商5.5兆円(550億ドル)を超える世界的な食品商社。世界中に300ヶ所以上の物流施設を保有し、50万人以上の顧客がいます。

今後更なる世界展開を図るシスコ㈱にとって、成長著しいハワイ・グアム地域は外すことのできない最重要拠点の一つです。ハワイ州主導でスタートした製粉会社は、50年後の現在、世界的な食品商社の一部門となりました。ハワイ唯一の製粉会社の一部始終を追いながら、アメリカ経済のダイナミズムを感じました。