#277 でんぷんの性質その⑥・・・アミロ値の意味と低アミロ小麦

全てのでん粉粒は、加水と加熱によって、「吸水⇒膨潤⇒崩壊⇒分散」の過程を辿ります(#271)。このとき上手に大きく膨れるでん粉粒(軟質でん粉)は、それだけ粘りが増すので最高粘度も高くなります。この最高粘度は、小麦の品種、耕作条件などによって異なりますが、大抵は600~1100BUの範囲です。最高粘度が高いとうどんの「もっちり感」が増すなどの傾向がありますが、この範囲内であれば通常の作業においては問題ありません。しかし極端に低いと致命的な問題を引き起こすことがあります。

小麦が成熟し収穫段階を迎えたときに降雨にあうと、立毛(たちげ)つまり立ったままの状態で発芽することがあり、これを「穂発芽(ほはつが)」といいます。穂発芽が起きると、でん粉分解酵素の活性が高くなり、でん粉が変性し、その結果最高粘度が200BU以下といった極端に低い小麦ができます。このように最高粘度が極端に低い小麦を、「低アミロ小麦」といい、糊化粘度が十分でないので作業上大きな問題を生じることがあります。次は製粉業界では有名な事例で、製粉振興会のHPからの抜粋です。

1968年の秋、収穫したばかりのウエスタン・ホワイト小麦を満載したパールマーチャント号が神戸港に到着した。たんぱく質含量は多くなく、その質もソフトだったので、二次加工で使いやすい薄力粉が出来たはずだった。ところが、その小麦で挽いた粉が出荷され始めて1~2日後には、たこ焼き屋さん、天ぷら屋さん、ケーキ屋さんなどから、「粉を水で溶いてもさらさらで、品物がよくできない。」というクレームが製粉工場に殺到した。

よく調べるとアミログラフで測定した粘度がほぼゼロに近かった。それまでも粘度が低めの小麦はあったが、こんなにひどいのは初めてだった。すぐ輸入が中止され、3ヶ月ほどをかけて日米間で原因の究明と今後の対策を練る作業が行われた。小麦が収穫直前に雨害を受けて発芽したことが原因だった。アメリカの製粉会社は雨害を受けた小麦を買わない。また、軽度の雨害だと、クッキーとクラッカーでは影響が見え難く、ハイレシオ(粉以外の材料の配合が多い)で多量の塩素をかけた粉を使うケーキでも影響が出にくいから、アメリカの関係者には発芽小麦が二次加工で大きな問題を引き起こすという認識がなかった。天ぷら、たこ焼き、今川焼き、ケーキなど幅広い用途に使う日本の技術的な主張を理解してもらうのに時間がかかった。

では低アミロ小麦粉でうどんをつくるとどうなるかと言えば、ゆでている途中でうどんが切れてしまい鍋の中がドロドロ状態になってしまいます。つまりゆでる前は何ともないのに、ゆでている最中にバラバラになります。これは改めてグルテンとでんぷんとの働きを考えるとよく理解できると思います。繰り返し申しますが、建物に喩えた場合、グルテンが鉄筋、そしてでんぷんがセメントの役目をします(例えば#194)。

もちろん厳密に同じという訳ではありません。グルテンはゆでる前(活性化状態)は粘弾性があるので伸び縮みでき、このグルテンの「つなぎ力」によって生地を自由に成型することができます。しかしゆでる(加熱する)ことにより失活し、硬直するので実際の鉄筋のイメージに近くなります。一方でんぷんは、加水と加熱によって糊化して「つなぎ力」を生じるようになります。セメントは水と混ぜあわせることによって時間の経過と共に硬くなりますが、でんぷんは加熱によって膨れながら最終的に硬くなります。

このように小麦粉生地が切れずに一つにまとまっていることができる「つなぎ力」の主体は、加熱する前はグルテンであり、加熱後はでんぷんに移ります。しかし低アミロ小麦粉はでんぷんが変性しているために最高粘度が極端に低く、糊化しません。つまり加熱しても「つなぎ力」を持たないために、うどんが切れたりたこ焼きもケーキも天ぷらもうまくできなくなるのです。イメージとしては鉄筋にセメントを流し込んだけれど、そのセメントが流れ落ちてしまい、鉄筋だけが残り、結局は建物が崩れ落ちてしまったという感じでしょうか。