2006年2月のお知らせ

昼間の長さが、少しずつ長くなってきました。冷たい空気のなかにも、春の訪れを告げるような眩しい日差しを見つけます。小学校の音楽教室に、中世ヨーロッパの著名な作曲家たちの写真が飾られていたことを覚えていますか(ハイドン、恐かったですね)。幼い私にとっては、すべての写真が同じように見え、そして気難しい顔に思えました。1756年1月27日、モーツアルトはオーストリアのザルツブルグで生まれました。18世紀後半のヨーロッパは貴族社会が終りを告げ、戦乱・革命の時代が始まる転換期でした。音楽の世界においても「神を賛美するもの」から「現世への喜びが溢れるもの」へと変わっていきました。

モーツアルトはバイオリン奏者の父親「レオパルト」に導かれ、パリ・ロンドン・ローマを旅し音楽を吸収しました。「弱冠5歳から作曲活動を始めた」という逸話は有名です。少年時代はかなり腕白で、何にでも好奇心を持ち、冗談の好きな少年でした。好きなゲームは「ビリヤード」(現代の人々がコンピューター・ゲームに熱中する点と共通するかもしれませんね)。徹夜で興じたとの話があります。ビリヤード台に向ってスティック棒で玉を突いて一喜一憂。ビリヤード台で名旋律が生み出されたという話もモーツアルトらしく冗談に溢れています。「音楽のたわむれ」という作品があります。村の音楽家たちの演奏を聴いたモーツアルトが、音程をはずしてしまう演奏者たちの様子を面白半分に表現しています。急に変な調子はずれの音楽になっています。モーツアルトのいたずら精神の現われです。時に「こましゃくれた生意気な子供」にも思われたそうです。例えば・・・・父親の友人の演奏するバイオリンを聴いて、「音程が8分の1低い」ということを7歳のモーツアルトが述べたそうです。思わず微笑んでしまう・・・お話ですね。

「月日」は流れて・・・。モーツアルトを敬愛するピアニスト、「フィリップ・アントルマン」は1934年、フランスのパリから北東へ140キロにある「ランス」という街に生まれました。8歳からピアノを始めましたが、当時音楽を学ぶには厳しい時代でした。1942年のフランスはナチスの占領下にあったからです。レッスンを受けるために、危うい状況のなかパリまで通いました。でも何とか爆撃を受けることなく生き延びる事ができました。次はアントルマンからのメッセージです。

楽器と向き合うなら、ぜひその幸せを感じてください。楽器は常にあなたにおおきな幸福をもたらしてくれるはずです。音楽は万国共通の言語です。世界中の人々が音楽を理解することができるのですから・・・。あらゆることが複雑化し、非難しあう排他的な動きが多くなってきている現在において、私はそれでも神が存在していると信じています。私は音楽を自分の宗教だと考えているからです。なぜそれを信じられないでいられましょうか・・・・。そう、私たちにはモーツアルトがいるからです。

ザルツブルグでは1年を通して4000以上のいろいろなジャンルの音楽・劇場公演が行われます。1月末は「モーツアルト週間」です。今年2006年は、モーツアルト生誕250年にあたります。

2月のお休みは 11日(建国記念日)、25日(土曜日)
   それと日曜日です。

「かぜ」ひかれていませんか・・・。
2月3日は節分、そして4日は立春です。おからだ 大切になさってください。

木下製粉株式会社会社  平成18年2月3日