2013年10月のお知らせ

メンタム夕暮れどき、オレンジ色に染まった太陽を背に、長靴をはいたおじいさんが、(お孫さんらしき)男の子を抱きかかえて散歩しています。周囲の田畑からは、白い「野焼きのけむり」が立ち上がっています。田舎の初秋の光景です。

8月下旬、社内旅行で滋賀県の近江八幡おうみはちまんを訪ねました。途中、京都でバイキング形式の昼食。たくさんの種類の食べ物を目の前に、心が「うきうき」してきます。幼い頃、「日の丸の旗」が飾られたお子様ランチを食べる時の心境です(笑)。近江八幡市は琵琶湖の東岸に位置し、豊臣秀吉が築いた城下町。天秤棒をかついだ一介の行商人から、豪商へと成長していった近江おうみ商人発祥の地です。

永い商売の実践を通じて受け継がれた、近江商人たちの家訓は、「三方よし」の理念。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の理念は、時を越えて普遍性を、教えてくれます。先代社長が言っていました。「お客さんも良いように。そして私たち会社にとっても良いように」と。近江商人の信仰を集めた日牟禮ひむれ八幡宮を参拝。小吉のおみくじを引いて、一喜一憂する同僚。「小吉は、これから中吉や大吉へと良くなる可能性があるから、良い知らせよ!」。白い鳩の形の、小さな土鈴(お守り)を買いました。後で気づいたのですが、鳩には小さな「小判」が結ばれています。

保存地区の八幡堀には船が浮かび、ゆっくりと歩いて一巡できる街です。近江八幡市には、ウィリアム・ヴォーリズ(William Vories)が設計した建物がたくさんあります。東京・御茶ノ水の「山の上ホテル」、神戸女学院大学、大阪の大丸心斎橋店なども、ヴォーリズの設計です。ヴォーリズは1880年、アメリカ中部カンザス州、敬虔なクリスチャンの家庭に生まれました。1905年、YMCAを通じて、滋賀県立商業学校の英語科教師として来日。ヴォーリズの資料を読むにつれて、「誠実で隣人愛にあふれた地域社会の実現」の精神が根底にあることに驚きました。伴侶の一柳満喜子の協力とともに、料理・英会話・ピアノ・手芸・体操・ろうあ教育・図書館・療養院建設・幼稚園など、身近な教育環境を整えます。大正時代から昭和にかけて、このようなきめ細かい環境を想い描くとは・・、そして広い視野を持っていた方だと、改めて思いました。

近江八幡を離れるとき、バスの車窓から懐かしい広告が目に入ってきました。「メンソレータム」って覚えていますか!? 幼い頃、切り傷をすると、「はい、メンタムをつけて!」。霜焼けで指が赤く腫れると「はい、メンタムつけて!」。このような会話、誰もが聞き覚えがあるのではないでしょうか。メンソレータムの小さな缶のふたに「かわいい看護婦さんの服を着た女の子」が描かれています(十字の模様が描かれた白い帽子をかぶっています)。この「かわいい看護婦さん」の広告が目に入ってきました。メンソレータムの発明者、アメリカ人ハイドは、熱心なYMCAの支援者でした。ヴォーリズの「信仰と事業を両立させる社会活動」に共鳴し、日本でのメンソレータムの製造販売権をヴォーリズに託しました。1920年(大正9年)「近江おうみ兄弟社きょうだいしゃ」を設立して、「メンタム」として発売(現在は、メンソレータムとして、ロート製薬が販売)。社名の「近江兄弟社」は、地名の近江と「人々は皆、兄弟」という精神に由来します。ヴォーリズの人柄がうかがわれます。ところで、かわいい看護婦さんの名前は、「リトル・ナース」。「小さな病気のための、小さな看護婦さん」という思いが込められているそうです。

10月のお休みは 14日(体育の日)・26日(土曜日)そして日曜日です。

赤とんぼがとんでいますよ。夜は「鈴虫の音色」に囲まれて・・。おからだ 大切になさってください。