2012年12月のお知らせ

近所の方から、「石焼き芋」を頂きました。(お米の収穫後の)稲のもみ殻の中で焼いたのでしょうか。香ばしい「匂い」がします。今もはっきりと、幼い頃のひとつの情景を憶えています。晩秋の夕暮れ、伯父は、もみ殻の中でさつま芋を焼いてくれました。夕闇のなかで、所々、「ぽっ」と赤く燃えている「もみ殻」の炎の色が、とても神秘的でした。

師走の月。この季節になると、「今年一年、すこしは前に向かって、進んでいるだろうか?」と自分に問いかけます。2012年、海外では、各国の代表者たちの選挙が多くありました。5月、フランスの第5共和政の10回目の選挙が行われ、(右派のサルコジ大統領から)左派のオランド大統領が選ばれました。

11月、アメリカ合衆国では、民主党のオバマ大統領が、接戦が予想されていた共和党のロムニー候補を破り、再選されました。11月、中国では習近平共産党総書記が誕生。そして、日本では衆議院が解散されました。ときおり、日本に住んでいる外国の方に質問されます。「どうして、日本人は政治に無関心なのですか?どうして、政治の話を友人達と話し合わないのですか?」と。私自身も反省する事が多くあります。例えば、「どんな質問をしてよいか。どんな情報が信頼できるのか、解らない」というように、自分の気持ちの中で言い訳を作っていたようです。しかし、1993年に起こった「ある出来事」以来、政治に対する態度を改めました。

中田厚仁さんは、1968年1月生まれ。父親の転勤に伴い、小学生の頃、ポーランドで過ごしました。ある日、厚仁さんはお父さんといっしょに、アウシュビッツ強制収容所を訪ねます。このときの経験が、厚仁さんを「国際平和への活動」へと駆り立てました。大学卒業後の1992年、国際連合カンボジア暫定統治機構が支援する、カンボジア総選挙の選挙監視員にボランティアとして採用されました。当時のカンボジア情勢は、20年に及ぶ内戦に停戦合意が成立し、総選挙が実施されることになりました。厚仁さんは、最も危険なコンポトム州の巡回要員に自ら志願し、「選挙の必要性」を人々に説明します。

しかし、1993年4月、巡回中に何者かに射殺されて、逝ってしまいました。翌月5月23日に行われた総選挙の投票率は90%。厚仁さんが担当していた地域の投票率は、99.99%でした。開票作業していた投票箱の中から、いくつもの手紙が出てきたそうです(実際、投票用紙以外のものを入れる事は、禁止されています)。手紙の一枚・一枚が、厚仁さんの温かい人柄・誠実な活動、そしてご家族への感謝の思いを伝える手紙だったそうです。日本では1945年、満20歳以上の男女に選挙権が与えられました。

アメリカでは1960年代のケネディ政権のもとで公民権運動が盛んになり、指導者M.L.キング牧師は、「私には、夢がある( I have a dream!)」と人々に唱えます。そして1964年、ジョンソン大統領のもとで「公民権法」が制定され、人種・宗教・性・出身国などによる差別はなくなりました。先人たちの長年の努力の積み重ねにより、いま、私達は「選挙権」が与えられています。「選挙権は与えられて当然」と考えていた私は、中田厚仁さんの「想い」に出会って以来、必ず投票場へ足を運びます。

12月のお休みは 15日(土曜日)、24日(天皇誕生日の振替休日)と日曜日。
尚、年末年始のお休みは12月30日~1月4日です。

 

今年も、皆さまのご協力を得て、年末・年始のお休みを頂くことができます。ありがとう ございます。一年の締めくくりの季節です。おからだ 大切になさってください。

木下製粉株式会社  平成24年12月1日