2011年9月のお知らせ

「あっ!」赤とんぼが飛んでいます。雨上がりの涼しい空気の中で、気持ち良さそうです。「赤とんぼの羽根の色」って、ほんとうに茜色。羽根が透けて、とても繊細です。

戦後生まれの私にとって、8月15日の「終戦記念日」の厳粛な空気を、容易に理解することができませんでした。しかし、「原爆投下と原発事故」という歴史実を経て、(私なりに)日本の将来・子どもたちの未来を考えるようになりました。私は戦後の高度成長期とともに育ち、日常生活が便利になっていく年代を経験しました。

白黒色のテレビ・大きな氷を入れた冷蔵庫(電気冷蔵庫ではありません)。蚊帳をつるして過ごした夏の夜。雷が鳴ると、蚊帳の中に急いで入りました(雷は「子どものおへそ」をとってしまう・・と教えられていましたから・・)。

東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)、聖火が高松に到着しました。降りしきる雨の中、父親の運転するバイクの後部座席に乗り、見に行きました。「この聖火は、遠いギリシャのアテネから来た」という熱い想いを憶えています。火鉢で暖をとった冬の日。火鉢で焼いたお餅が、「ぷ~っ」と膨れたときの楽しさ。薪を燃やし、お風呂を沸かします。

風の強い冬の日、風が炊き込み口から逆流して、部屋は白い煙でいっぱいになりました。ダイヤルを回して使う電話。10円玉をたくさん集めて、赤い公衆電話で東京から故郷へ電話します。10円は、すぐになくなってしまいました(携帯電話の時代が来るなんて、当時、想像もできませんでした)。郵便局の現金書留にて受け取った生活費(現金書留の封筒は、今も大切にしまっています)。宇高連絡船が出航するときの銅鑼の音。すべて、大切な「もの」です。

産経新聞に、時おり佐伯啓思(さえき けいし)さんが書かれる「日の陰りの中で」というコラムを楽しみにしています。8月16日付の記事「利便性と換えられないもの」は、倉本聰(くらもと そう)・脚本によるドラマ「北の国から」を紹介していました。1980年代、都会の消費文化生活に慣れた子どもが、北海道の自然の中で、どのように生きてゆくか!という物語です。実際に、子どもの成長を20年間追い続ける、長期ロケでした。「電気のないところで、いったいどうやって生活するの?」「日が暮れれば、寝ればいいんだよ」と父親の返事。田舎での生活の時は流れ、子どもの心に変化が現れます。田舎の生活が不便でも、不便さに耐えなければならない「何か」があると思い出したのでしょう。

佐伯啓思さんは書かれています。「人間は火をおこし、やがて電気を作り、原発を生み出しました。都会の文明はモノにあふれ、24時間、電気は街中を照らし、利便性と自由を無限に提供しつづけています。しかし同時に、その文明が見失った「何か」があります。ドラマの中で、子どもは電気のない田舎の生活により、大切な「何か」を知る事が出来ました。私たちは、利便性や快適さと引き換えられない「何か」を常に思い出すことが大切です」。 倉本聰さんはドラマの中で、「機械で便利になると、人間の本来の力は弱くなる」ことを伝えたかったそうです。私の父親は「とにかく、自分の力でやってみること。そうすれば、自然と「物」が教えてくれる」が口癖でした。ようやく、その意味が理解できるようになりました。

9月のお休みは 10日(土曜日)、19日(敬老の日)、23日(秋分の日)
   それと日曜日です。

甲子園での高校野球。バッター・ボックスに立つ選手のヘルメットに、「がんばろう 日本」の文字。さあ、秋の季節にむけて出発です! おからだ 大切になさって下さい。

木下製粉株式会社  平成23年9月1日