木下製粉株式会社 さぬきより「挽きたての粉」をお届けします!

会社案内

讃岐に最初の水車ができたのは、仁和年間(886年頃)のことで、場所は旧滝宮村の中車であったと言われています。但し、その利用が本格化したのはずっと後の明治に入ってからで、明治25年(1892年)には日本全国で約5万台、讃岐にも304台の水車があったという記録が残っています。そして大正から昭和初期(1910~1935年)にその最盛期を迎え、讃岐では400~500台の水車が稼動していたようです。しかし動力が水から電気に移るにつれ、昭和に入ると廃止される水車も増え、昭和45年頃(1970年)にはほとんどが姿を消しました。つまり僅か100年の間に、その使命を終えたことになります。


一方、製粉に関しても水車と石臼に取って代わったのがロール式製粉工場で、これが近代製粉工場の原型です。食生活の洋風化に伴い小麦粉の需要も増え、数多くの製粉工場が建設されました。製粉の原理そのものは、小麦から胚乳部分を取り出すだけの単純な作業です。しかしその後、小麦粉の品質向上の要求が高まり、近代製粉における機械設備は大掛かりなものになってしまいました。

このように生産工程で多くの機械設備が必要な産業のことを装置産業といいますが、今日の製粉産業は石油、油、砂糖、セメントなどと並んで、典型的な装置産業です。こうなると設備の償却のために、経営の規模拡大が急務となり、その結果製粉工場の淘汰が進みました。

昭和40年には434社あった製粉会社は、2006年には80社程度にまで減少し、この傾向はこれからも続くと考えられています。事情は讃岐も同様です。昭和32年当時、16社あった製粉工場は、3社を残すのみとなりました。全国的に見れば、規模は大きくありませんが、各社それぞれ特色をだし、元気でがんばっています。これも讃岐うどんという地場産業があるおかげです。


ところで「小麦粉なんて、原料の小麦さえ同じなら、どこで製粉しても同じ」と思うかもしれません。しかし、実際には違うところで製粉すれば、それぞれに違う小麦粉ができ、それが各製粉工場の癖というか特徴にもなっています。うどん屋さんだって、同じ小麦粉を使っていても、それぞれに味が違うのと同じです。

規模拡大を目指し、限られた製粉工場だけになってしまうと、金太郎飴のように「どこで買っても同じ」になってしまうかも知れません。よって特徴ある小麦粉を試してみたいと思っているうどん屋さんや手打ちうどん愛好家の皆さんに対しては、私たちのような小さな製粉工場でも、何かご提供できるものがあるかも知れません。幸い讃岐では「さぬきの夢」という讃岐うどん専用の小麦も開発されました。讃岐の製粉会社は、これからも一層特徴のある小麦粉を製粉し、讃岐うどんを支えていきたいと思っています。

「小麦粉なんて白いだけで、どれも同じ」・・・なんて思っていませんか?一見すると、どれも白くて同じに見えます。でも実際には、淡いクリーム色をしたもの、少しくすんだもの、またただ白く見えるものなど色々あることがわかります。これには様々な理由が考えられます。例えば、小麦に不純物が混じっていると、小麦粉は冴えた色にはなりません。

また小麦の種類が違うと、小麦粉の色も異なります。更には同じ小麦であっても、胚乳の中心部分からとれた小麦粉は一般に明るく、冴えた色をしているのに対し、外側に近づくにつれ、だんだんとくすんだ色になります。更には同じ小麦粉であっても、その粒の大きさ、つまり粒度によっても色合いは異なります。粒子が小さいとそれだけ光が乱反射して白く見えるのです。


そしてこれが重要な点ですが、小麦粉にはカロチノイドという色素が含まれていて、これによって製粉直後の小麦粉は淡いクリーム色、または淡黄色をしています。しかし空気に触れることによって、だんだんと白くなり、これを小麦粉の自然漂白作用といいます。つまり、クリーム色は新鮮さの証と言えます。

色が違うように、触った感触も小麦粉によって様々です。ふわふわ、さらさらと感じるものもあれば、しっとり、またはべとついて重く感じるものもあります。これら小麦粉の違いは、うどんにした場合にも当然現れます。クリーム色のぴかぴかしたうどんは見るからに食欲をそそりますが、くすんだ色のうどんだと、たとえ美味しくてもなかなか箸が進まないかもしれません。


「さて、一般に食品の味を評価する場合には、「匂い」、「食感」、「味」の3つに分けて考えます。うどんについていえば、小麦の風味が「匂い」になります。また、うどんといえば必ずでてくる言葉がコシですが、これが「食感」、そして小麦粉が本来もっているでんぷん質の味が、「味」となります。

では、うどんの本当の魅力とは何でしょう?最近は判で押したように「うどんといえばコシ、コシがなければうどんにあらず」との声を耳にします。確かにうどんにとってのコシは大切です。しかしそれだけでは何か物足りないような気がします。むしろ、うどんの本当の魅力とは、その味にあると私たちは考えています。具体的には小麦のでんぷん質の旨味であり、そして甘味です。


この「甘味」はうどんに限らず、すべての美味しい食べ物に共通するキーワードだと思います。刺身、カニ、ウニ、ホタテ、イカなどなど、美味しいものにはすべてその食材、素材特有の甘味があり、それがその食材独自の美味しさになっているのです。どんなに上手に、またきれいに作られた料理でも、素材の甘味がなければ、飽きてしまいます。うどんも同様です。食べていて、「このうどんは美味しいのかな、それとも美味しくないのかな?」と考え始めたら、それはきっと美味しくないだろうし、逆に美味しいうどんは無意識に箸が進んでいるはずです。

うどんのコシという感覚は強烈なので、大抵の人は一口噛んだだけですぐにわかります。しかし、コシだけのうどんは食べていて、その内飽きてしまいます。それに対し、うどんの美味しさとは地味な感覚です。口に入れて噛んだ後、一呼吸遅れて小麦の風味というか、ほんのりとした甘味が口の中に拡がるはずです。そしてこれこそが、うどんの本当の味であり、美味しさだと思います。これはコシの強いうどん、軟らかいうどんに関係ありません。コシが強いうどんでも甘味のあるものは美味しい、そして軟らかいうどんも同様です。色々な種類の美味しいうどんがあるのです。そんなうどんをイメージしながら、私たちは小麦粉を挽いています。

ときに「社是は何ですか?」と聞かれることがあります。
しかし大企業でもないし、そんなに確固たる商業哲学を持っているわけでもありませんので、返答に窮することがあります。ただ事務所には「品質は最上の営業」と書かれた扁額(へんがく)がかかっているので、強いていえばこれが社是にあたるのかもしれません。

しかしそう言うと、逆に「本当に品質は確かなんですか?」、「それでは営業はどちらでもいいんですか?」、「法令遵守はどうなんですか?」みたいな声が聞こえてきそうで、こういった表現はなかなか難しい、ということは重々承知しています。

弊社は創業者・木下虎七が復員後の昭和21年に、小麦の賃加工として始めました。食糧難の時代でしたから、食に関連したものが食いっぱぐれが無いだろうということで、この職業を選択したと聞いています。そして「とにかく製造業であるからには、良い製品をつくる努力をすることが根本」ということで、このような表現になったと推測します。よってできる、できないは別にして、品質を追求することが第一義で、別にそれ以外のものを蔑ろにするつもりはなかったと考えます。

ところで弊社の社是を揮毫(きごう)したのは、中国のある書家ですが、これは虎七が中国を旅行したときに、とある場所で、「『品質は最上の営業』と書いてください」とお願いしたようです。付属のパンフレットをみると、その書家は両手に別々の筆を持ち、違う文面を同時に書くことができる、とあります。両手で違う文章を、同時に書けるというのは、確かにすごい才能だとは思いますが、それと達筆であることとはあまり関連性がないような気もします。でも素人ながら、素直に味わい深い書体であるとも感じます。

品質は最上の営業 木下製粉株式会社 社長方針

虎七は中国を何度か旅行しましたが、その理由は2つありました。一つは戦時中、青春時代を満州で過ごしたことで、中国に対する思いが強かったこと。そしてもう一つは中国で戦死した、兄・柳平の手がかりを見つけることでした。行くたびに、僅かな情報を手がかりに、四方八方手は尽くしたようですが、結局消息はわからなかったようです。柳平氏には男ばかり5人の子供がいましたが、奥さんが女手一つで育て上げ、99歳の天寿を全うされました。

虎七の兄弟構成は七福神(男性6名+女性1名)でした。正確にはもう一人姉がいましたが、幼少時に亡くなったので実質的には七福神です。また名前に「七」の字が付いているので、てっきり7番目の末っ子かと思っていましたが、よく見ると「久米七」とか「友七」といった名前の兄弟もいたので、単に「七」をつけるのが当時の流行りであったようです。正確には虎七は6番目で、友七が末っ子でした。

虎七は、良くも悪くも典型的な明治男でした。とにかく頑固でワンマンで、一度自分が思い込むと周りがどれだけ反対しようが、お構いなしでした。しかし反面人情味溢れる性格で、人の世話もまた周りが呆れるくらいしたようです。夜になると、いつも判で押したように、いつまでも工場内で機械の修理、修繕などをやっていました。今となっては信じられないような生活パターンですが、当時はそれがあまり珍しくなく、どちらかと言えば普通の光景であったようです。

軍隊で鍛えられたためか、屈強な人間でしたが、体力を過信しすぎたのか、晩年は腎臓疾患を患いました。しかし、それでも他人の手を借りる事もなく、80歳まで元気に生活しました。子どもたちには色々無理強いをしましたが、最後は子どもたちの手を煩わせることなく、逝ってしまい、そういう意味では非常に子供孝行でした。

称号 木下製粉株式会社
所在地 〒762-0017 香川県坂出市高屋町1086-1

  • 瀬戸中央自動車道・坂出北インターから 車で10分
  • JR坂出駅から車で15分
  • 高松駅から車で25分
電話 (0877)47-0811
FAX (0877)47-3660
メール info@flour.co.jp
創業 1946年10月(昭和21年)
設立 1950年10月2日(昭和25年)
資本金 1,000万円
営業品目 小麦粉・ふすま・乾麺
設備能力 製粉工場: 116トン/24h
乾麺工場:  3トン/ 8h
1946(昭和21) 創業者木下虎七復員後、小麦の賃加工を開始
1950(昭和25) 木下食品工業有限会社設立
1952(昭和27) 麦類の統制撤廃の施行に伴い賃加工廃止、製造販売方式に転換
1953(昭和28) 乾麺工場併設
さぬきうどん用銘柄「白ばら印」発売(推定)
1964(昭和39) 製粉工場を日産設備能力61トンに増設、及び増産ふすま工場の指定
1975(昭和50) 乾麺工場がJAS認定工場の指定
1977(昭和52) 木下製粉株式会社に改組
1979/12-1980/09 ニューマ方式への転換及び設備能力能力増設工事
1980(昭和55) 日産設備能力116トンに増設、及び製品用サイロ(140t = 7t×20)の増設
1984(昭和59) 坂出市林田町に工場用地取得
1988(昭和63) 乾麺工場増設、製粉工場より直接小麦粉搬入可能
1991(平成 3) 木下敬三社長就任
1992(平成 4) 手打ちうどん専用粉「讃岐すずらん」 発売
1995(平成 7) ふすまバラ出荷設備設置
1996(平成 8) 木下製粉株式会社・創立50周年
1999(平成11) 第2倉庫竣工
2001(平成13) 小麦粉バラ出荷設備設置
2002(平成14) 焙煎玄米全粒粉を30%使用した「讃岐玄米うどん」 発売(4月)
「さぬきの夢2000」および「さくら夢2000」発売 (10月)
小麦粉および加工製品のアンテナショップ設置
2005(平成17) 1B上フローレート・コントローラー設置 (3月)
リダクション系統のロール機老朽化のため新規入換え (8月)
2006(平成18) ブレーキ系統のロール機老朽化のため新規入換え (8月)
2009(平成21) ホリゾンタルスカラー&空気再循環式アスピレーター設置 (6月)
5kg用小麦粉袋を従来の紙袋からラミネート製に変更 (6月)
2010(平成22) インパクトマシーン設置 (4月)
小袋用充填ライン設置 (8月)
強力粉1kg袋及びホームベーカリー専用250g袋 発売 (9月)
ブラウワー(粗挽きふすま入パン用強力粉)発売 (9月)
2011(平成23) パッカー上タンク更新
2012(平成24) テンパリング(調質)サイロ更新(5月)
ブラウワーライト(粗挽きふすま入強力粉) 発売 (5月)
2013(平成25) 小麦ふすま焙煎ライン設置(2月)
小麦粉ミキシングライン新設(5月)
さぬきうどん専門店用銘柄「さぬき一番粉」発売(5月)
小麦ふすま気流粉砕サイン設置(10月)
ブラウワーファイン(微粉砕ふすま入パン用強力粉)発売(11月)
2014(平成26) ブラウワーの製法特許取得: 特許第5568335号 (6月27日)
ブラウワー全粒粉(微粉砕ふすま入パン用強力粉)発売(11月)
マーガレット(薄力粉)1kg家庭用 発売(11月)
2015(平成27) さぬきの夢・干しうどん(香川県産小麦「さぬきの夢」100%使用)発売(11月)
ブラウワー全粒粉(250g入小袋)発売(11月)
2016(平成28) ISO22000:2005(食品安全マネジメントシステムの国際規格)認証取得(2016年7月4日)
2016(平成28) 夢ブラン発売(香川県産小麦「さぬきの夢」100%使用の小麦ふすま)(2016年11月)
2017(平成29) 飲むブラン発売(使いきり粉末スティックタイプの小麦ふすま)(2017年4月)
1995(平成 7) 第17回さぬきうどん品評会
「さぬきうどん(乾燥うどん)」・食糧庁長官賞受賞
1996(平成 8) 第18回さぬきうどん品評会
「さぬきうどん(乾燥うどん)」・香川県製粉製麺協同組合理事長賞受賞
1999(平成11) 第21回さぬきうどん品評会
「さぬきうどん(乾燥うどん)」・香川県食品産業協議会長賞受賞
2000(平成12) 第22回さぬきうどん品評会
「さぬきうどん(乾燥うどん)」・香川県食品産業協議会長賞受賞
第22回食品産業優良企業表彰
農林水産省食品流通局長賞受賞
2003(平成15) 平成15年度さぬきうどん技能グランプリ
「讃岐平野(乾燥うどん)」・全国乾麺協同組合連合会長賞受賞
2004(平成16) 平成16年度さぬきうどん技能グランプリ
「讃岐平野(乾燥うどん)」・全国乾麺協同組合連合会長賞受賞
平成16年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七包丁切りうどん(半生うどん)」・香川県生麺事業協同組合理事長賞受賞
2005(平成17) 平成17年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七干しうどん(乾燥うどん)」・全国乾麺協同組合連合会長賞受賞
2006(平成18) 平成18年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七干しうどん(乾燥うどん)」・全国乾麺協同組合連合会長賞受賞
平成18年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七包丁切りうどん(半生うどん)」・全国製麺協同組合連合会長賞受賞
2007(平成19) 平成19年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七干しうどん(乾燥うどん)」・全国乾麺協同組合連合会長賞受賞
平成19年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七包丁切りうどん(半生うどん)」・香川県製粉製麺協同組合理事長賞受賞
2008(平成20) 平成20年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七干しうどん(乾燥うどん)」・香川県製粉製麺協同組合理事長賞受賞
2009(平成21) 平成21年度さぬきうどん技能グランプリ
「麺七干しうどん(乾燥うどん)」・全国乾麺協同組合連合会長賞受賞
2011(平成23) 3月16日 平成22年度「さぬきの夢」うどん技能グランプリ・さぬきの夢乾燥うどんの部
「夢2000干しうどん」・全国乾麺協同組合連合会長賞受賞
2011(平成23) 12月14日 平成23年度「さぬきの夢」うどん技能グランプリ・さぬきの夢乾燥うどんの部
「夢2000干しうどん」・香川県製粉製麺協同組合理事長賞受賞
2015(平成27) 12月12日 平成27年度「さぬきの夢」うどん技能グランプリ・さぬきの夢乾燥うどんの部
「麺七干しうどん(乾燥うどん)」・香川県製粉製麺協同組合理事長賞受賞

うどん打ちを極める

うどんを楽しむ

HB(ホームベーカリー)でパンを楽しむ

小麦・小麦粉・麺類一般

小麦・小麦粉・麺類一般

営業日カレンダー
2017年04月
1
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… 休業日

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