2022年2月のお知らせ

太平洋の潮風を受けながら、高知県の宿毛市で育った文旦🍊が届きました。「ビタミンCをいっぱい摂って、元気をたくわえてね」と、メッセージが添えられています。ごちそうさま🍊。

讃岐の郷土玩具のひとつ、「高松張子」は100種類以上あるそうです。張子は粘土で作った「型」に、和紙を張り重ね、絵付けをした玩具です。高松張子のいちばん人気は「奉公さん」という円筒形の張子人形。丸い顔に、おかっぱ頭。優しく微笑んでいる小さな瞳と小さな口。赤い着物で飾られた、可愛い女の子です。

江戸時代前期の大名であり、讃岐高松藩の初代藩主、松平頼重(1622~1695)が讃岐へ入封した際、家臣が張子細工の製法を伝えたそうです。「奉公さんの誕生」の言い伝えは、愛らしい表情からは想像できませんでした。童女「おマキ」が仕えていたお姫様は、重い病に悩んでいました。さまざまな手段を試みましたが、治りません。おマキは身代わりに、お姫様の病を「自分の身」に移し、お姫様が全快されるようにと祈ります。そして、離れ小島でひっそりと短い一生を終えました。おマキは「奉公さん」と人々から褒めたたえられ、現在の高松張子の「奉公さん」になりました(心が痛むお話です)。「赤色」は、魔除けや病除けになると信じられていたために、赤い着物を着た奉公さんは、「子供の守り神」として親しまれています。

昭和の時代、戦争の気配が濃くなるにつれて、張子の存在も下火になりました。高松張子に再び「脚光」を与えたのは、明治16年生まれの宮内フサ(1883~1985)でした。4歳の頃から人形作りを始めました。「鯛持ちえびす」という、「えびすさま」と「鯛」が描かれている張子は、昭和34年(1959)の年賀切手の図案に採用され、フサさんは102歳まで絵筆を握りました。栗林公園の近く、フサさんの自宅があり、八畳ほどの作業場には、絵筆などの道具が現在も保存されています。「高松張子の技術を背負うような、大きな気持ちは持っていなく、ただ、人形を作る事が大好きな祖母でした。必ず正座をして、人形を作っていましたよ」とお孫さんのお話です。

香川県立ミュージアムは、讃岐の歴史・伝統・人物などに関わる企画を展示しています。1月、背丈ほどある「奉公さん」とともに、小さな「つまみ人形」たちが展示されていました。つまみ人形は3㎝ほどの土人形で、「粘土をつまんで作る」という事から、名前が付けられました(かわいい名前です)。高松周辺では、花嫁が嫁ぎ先の近所の子供たちへの手土産として配っていた「嫁入り人形」を小さくしたものが始まりだそうです。余談ですが、西讃(せいさん)地域(坂出市より西部)では、つまみ人形ではなく、「おいり」という小さな丸いお菓子が配られ、「おいりの伝統」は現在も受け継がれています。私も幼い頃、たくさん頂きました。

つまみ人形を数え始めました。ひとつ、ふたつ・・100・・。数えるのをやめました(笑)。3500のつまみ人形。香川県内の中学校24校から、3500人の中学生たちが、香川の伝統工芸である「高松嫁入り人形(つまみ人形)」の題材のもとに、制作しました。魚・トトロ・だるま・パンダ🐼・鳥・クリスマスケーキ🎂・てんとう虫🐞・バス🚐・・子供たちの発想はユニークで限りなく広い。見ているだけで心が和みました。讃岐の風土から生まれた、素朴で温かみのある「張子人形」と「つまみ人形」。みんなの手づくりの「ぬくもり」が詰まっています。讃岐に来られたら、ぜひ会って下さいね。

2月のお休みは5日(土曜日)・11日(建国記念の日)・19日(土曜日)・23日(天皇誕生日)そして日曜日、お休みを頂きます。

黄色い「ミモザ」の花の写真が送られてきました。あたたかい気持ちに包まれました。おからだ 大切になさって下さい。

令和4年2月1日