#940 手延そうめんに適した小麦粉②・・・延びる小麦粉の条件

【③小麦と小麦粉の熟成】
小麦は農産物であるゆえ、収穫後から徐々に品質は変化します。米は新米といいますが、小麦は事情が少し異なります。収穫直後の新麦を製粉した小麦粉はおいしいパンやケーキになりにくく、小麦は少し時間を置いた方が、加工適性が良くなります。収穫直後の小麦粒では、一つひとつの細胞が生きていて、酵素活性が強く、小麦粉生地を軟らかくする還元性物質も多く含まれ、不安定な状態にあります。

しかし小麦を収穫してから少し貯蔵しておくと、自然酸化が徐々に進んで少し安定な状態になります。この状態の小麦を挽くと、製粉工程において小麦粉の粒子に空気が混ざり、更に倉庫にしばらく置くことで、自然酸化が急速に進みます。その結果、安定した状態になり、美味しいパンなどに加工しやすくなります。このような小麦や小麦粉の微妙な変化を、「熟成(エージング)」といいます。

以上から小麦と小麦粉の両方について、一定期間寝かせる熟成が必要であることがわかりますが、現代においては、後者(小麦粉)の熟成についてはほぼ必要ないとの考えが主流です。その理由は製粉方法の変化によるものです。一昔前までは、製粉行程中における小麦粉の搬送はすべてコンベヤによっておこなわれていましたが、現在はこれが空気搬送システム(空気の流れによる搬送システム)へと変わりました。つまり搬送中は常に強制的に空気にさらされるために、そこで小麦粉の熟成が急速に進むのです。

【④酸化(過度の熟成)によるグルテンの劣化】
小麦粉の熟成は確かに必要ですが、過度の熟成(酸化)は逆効果になることもわかっています。以下は、「穀物とその製品の保存について(D.B.ザウアー編)」よりの抜粋です。

【製粉後の小麦粉の熟成について】
小麦粉から採れる湿麩、いわゆるグルテンの性質は、小麦粉の熟成によって変化する。つまり小麦粉が古くなるにつれ、そのグルテンは伸展性(extensibility)がなくなり、弾性(elasticity)が増加する。しかし最後には、ざらざらして伸展性、弾性共になくなり簡単にちぎれるようになる。コズミン(Kozmin,1936)は、この小麦粉の熟成によるグルテンの性質の変化は、遊離不飽和脂肪酸の増加によるものだと指摘した。実際、古くなった小麦粉でも、この脂肪酸を取り除いてやると、そのグルテンは元のようになる。また逆に新しい小麦粉でも、古くなった小麦粉から抽出した脂肪酸、もしくはオレイン酸を加えてやると、そのグルテンは古い小麦粉のそれと似たような性質を示すようになる。一方、飽和脂肪酸ではこのような効果は見られない。このグルテンに対する遊離不飽和脂肪酸の効果は、他の研究者たち(Sullivan,1936; Sinclair,1937; Bartn-Wright, 1938; Sullivan,1940)によっても確認されている。

要約すると熟成が進み過ぎると、遊離不飽和脂肪酸が増加し、グルテンの持つ伸展性がなくなり弾性が増加します。そして更に進むと伸展性、弾性ともになくなり簡単にちぎれるようになるのです。輪ゴムも古くなると、伸展性がなくなり延びずに切れることがありますが、そんなイメージに近いかもしれません。

【⑤手延そうめんに適した小麦粉】
手延そうめんの作業適性に注目すると、求められるのは「良く延びる粉」です。これは言い換えるとグルテンの伸展性に優れた小麦粉ということになります。小麦粉の熟成は必要ですが、熟成が進みすぎると、伸展性は低下します。現代の製粉工場は空気搬送システムを採用しているために、製粉が終了した段階で小麦粉の熟成はほぼ終了していると考えることができます。ただ製粉終了時での熟成度は、製粉工場の規模やレイアウトにも影響されます。いずれにしても新しい小麦粉ほど手延そうめんの製麺適性が優れていると考えて差し支えないと思います 。