#605 手打ちうどんはなぜ捻れるのか

f605ロール機で圧延したうどんは、ゆでると太さは均一で、捻(ねじ)れることなく真っ直ぐに伸びています。スーパーの冷陳ケースに並んでいるチルドのうどんは、大抵は機械製麺なので、箸で持ち上げると真っ直ぐになります。一方、麺棒で打ったうどんは、どんなに丁寧に延ばし、寸分違わずカットしても、ゆでると必ず太い麺、細い麺、そして捻れた麺がでてきます。この違いは、技術の拙さではなく、小麦粉生地の圧延方向に原因があります。更に辿ればグルテン繊維の方向性が、ゆでたうどんの形状を決定するのです。

小麦粉には70%以上のでんぷんと10%程度のタンパク質が含まれています。小麦粉を塩水と混ぜ合わせて捏ねると、小麦粉固有のタンパク質であるグルテニンとグリアジンが水と混ざり合いグルテンを形成します。グルテンはゴムのような弾性と鳥もちのような粘性を併せ持つ、一見チューインガムのような小麦粉特有のタンパク質です。小麦粉生地を自由自在に成型できるのも、このグルテンが生地中に立体網目構造を形成し、生地の「つなぎ力」を有するからです。

一方、小麦でんぷんは常温では、「つなぎ力」を持ちません。どんなにうまく捏ねても、水が少ないとまとまらず、逆に少しでも多すぎるとべとべとになってしまいます。ところが水を加えて加熱すると、徐々に糊化を開始し、強力な「つなぎ力」を生じるようになります。つまりうどんは、ゆでる前後では、その「つなぎ力」の主役がグルテンからでんぷんへと交替します。

小麦粉生地はよく建物に喩えられますが、この場合、グルテンが鉄筋で、セメントがでんぷんです。しかしいくら生地中に立体網目構造を形成しているからといっても、チューインガムのようなグルテンから鉄筋をイメージするのは困難です。でもグルテンは加熱することにより活性を失い硬化するので、この時点で初めて鉄筋のイメージに近くなります。一方、でんぷんは加熱することで「つなぎ力」を生じ、セメントのような役割を果たしますが、でんぷんは膨化により体積が元の数倍になる点が、セメントと異なります。

もう少し詳しく説明すると、グルテンが活性を失うのは大体80℃ですが、でんぷんはその後も膨化を続けます。つまりグルテンは硬化して、柔軟さを失った後も、でんぷんは更に膨らみ続けるのです。そしてこのタイミングのずれが、うどんの膨れ方に大きく影響します。でんぷんは60℃辺りから急激に膨張しますが、この時点ではグルテンはまだ柔軟性を保持しているので、でんぷんは制限なく自由に大きく膨張することができます。しかし80℃辺りで、グルテンが失活し硬化すると、それが「つっかえ棒」の役目をするようになります。その結果グルテン繊維が方向性を持っていると、その方向にはでんぷんが膨張しにくくなります。

ロール機で圧延したうどんは、その工程上、グルテン繊維は一定方向にしか形成しないようになっているため、ゆであがったうどんは、真っ直ぐになります。しかし麺棒で延ばした生地は、グルテン繊維が放射状に形成されるために、うどん1本1本がそれぞれ微妙に異なります。その結果、手打ちうどんはゆでると、細いうどん、太いうどん、捻れたうどんができるようになります。

麺棒で綺麗に延ばした生地を屏風畳みにして、均等に切ります。次に両端近くと中央付近の麺を何本か選び、両者の長さが同じになるようにカットします。そして別々の鍋でゆでてやると、両端近くの麺は、中央付近よりも長くなり、逆に中央付近の麺は、両端付近の麺よりも太くなることが確認できます。是非試してみてください(#226参照)。