#535 瀬戸内芸術祭2016・・・国境を越えて

f535瀬戸内芸術祭についてはこれまで何度かご紹介させていただきました(例えば直近では#518)。2010年に始まり3年毎に開催される芸術祭は、現在3度目の夏会期が開催中です。出品数が多くまた開催場所が分散しているため、全作品を鑑賞するには、さぬきうどん店全てを制覇するのと同じ位の気力と体力が必要かと思います。冗談はともかく、先日小豆島の手延素麺製造者の皆さん方にご挨拶に伺ったついでに、以前から気になっていた一作品を観て参りました。

小豆島といえば、最近ではオリーブをよく耳にするようになりましたが、職業柄もあるのでしょうか、まだまだ手延素麺の方が知名度があると思っています。素麺の産地は日本各地にありますが、「揖保乃糸」の播州(兵庫県)、「三輪そうめん」の三輪(奈良県)、そして「小豆島そうめん」(香川県)の産地を併せて三大産地と呼ぶ方もいるようです。小豆島には組合員100名余りが加入している小豆島手延素麺協同組合があり、島内ではそのブランド「島の光」を知らない人はいません。

さて話は戻り、今回の瀬戸芸で気になっていた作品は、小豆島北岸の大部(おおべ)地区に展示されている台湾人アーティスト・リン・シュンロンさん(林舜龍)による「国境を越えて・潮」。最初ニュースでこの作品をみたときは、正直「ぎょっ」としましたが、解説を聞きこの作品の意義を知り、自身の不明を恥じ入りました。昨年(2015年)9月2日、難民ボートが転覆し、トルコの海岸に流れ着いたシリア人の少年アイラン君(3歳)の事件は余りに衝撃的でした。リンさんはアイラン君の死を悼み、この作品を製作しました。

f535_6

リンさんは自身の次男をモデルに子どもの像196体を制作し、大部の海岸に設置しました。196という数字は、現在日本が承認している国の数ですが、残念ながらそこにリンさんの台湾は含まれていません。少年像はそれぞれの国の方角を向き、胸には首都までの距離、背中にはその経緯と緯度が記されています。リンさんはこの196体の像に、現在も世界中で戦争、紛争、飢餓によって命を落とす不幸な子どもたちに対する追悼の気持ちを込めました。そういう背景を理解したうえで、瀬戸内海をバックに子どもたちの像を見ると実に切ない気持ちがこみ上げてきます。

f535_2

そしてリンさんの心情を更に効果的に演出しているのが、この子どもたちの像に使用されている材質です。子どもの像は麻、砂糖、石こうなどで製作されているため、波や風に晒され侵食され、いずれは海に戻る運命にあります。実際、盆前に現地に訪れたときには、海側に設置された像は、既にかなり侵食が進み、その光景は、アイラン君とオーバーラップして痛ましくそして悲しく見えます。現在、EC諸国は難民問題で大きく揺れていますが、このリンさんの作品はその問題を顕著にそして的確に表現しています。

f535_4

翻って現在の日本は、なんと恵まれているのだろうと思わずにはいられません。うどんが硬いとか軟らかいといった問題で一喜一憂し、うどんが上手くできないと悩み、湯で時間が長いと頭を抱え、日常が過ぎていきます。このような問題は、確かにうどん屋さんにとっては生活に影響する重要な問題ではあります。また手延素麺製造者にとっては、小麦粉生地がスイスイ延びるかどうかも問題です。ただリンさんの作品を眺めていると、世の中には、こういったこととは全く次元の異なる世界で悩み苦しんでいる人たちが大勢いることにハッとさせられます。色々なことについて考えさせられる瀬戸内芸術祭の一作品でした。

f535_3