#205 追悼 ノーマン・ボーローグ博士 (Norman Borlaug, Ph.D.)

ノーマン・ボーローグ博士が2009年9月12日、テキサス州ダラスにてご逝去されました。95歳でした。博士は1914年アイオワ州の農家に生まれ、ミネソタ大学を卒業し、同じく同校から修士号、博士号を取得しました。博士は植物病理学を専攻し、小麦など穀物の多収量品種を主体に新たな農業技術を開発し、農業生産性の大幅向上に貢献されました。特に1960年代には小麦の高収量新種をを中心とした新しい農業技術を開発し、穀物の大幅な増産を果たし、これは「緑の革命(The green revolution)」と呼ばれています。

メキシコではメキシコ系短稈(たんかん)小麦品種を開発し、小麦の生産性を3倍に向上させました。ちなみに「稈(かん)」とはイネ科植物の中空の茎のことを意味し、よって短稈とは背の低い茎のことを言います。短稈品種の開発によって、倒伏しにくくなり、これによって気候条件に左右されにくい安定生産が可能になったのです。博士はその後インド、パキスタン、中国、中東、南米、アフリカで活動し、同様の成功を収めました。

博士のこれら一連の貢献によって、途上国の人々は飢えから救われ、その累計は10億人を超えるとも言われています。つまり単純に一人の人間による人命救助の数では、ダントツ世界一ということになります。博士はこの功績により1970年にノーベル平和賞を受賞しました。またこれと併せてアメリカでもっとも権威ある市民勲章である、議会名誉黄金勲章(the Congressional Gold Medal)と大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)も受章し、これまでこの3つの栄誉に輝いたのは、博士を入れてたった6人しかしません。

思うに今から200年前、イギリスの経済学者マルサスが、世界の人口が間もなく食糧栽培能力を上回るだろうと予測しました。しかしこれはこれまでのところボーローグ博士のお陰でとりあえず杞憂におわりました。しかし今後はどうなるかは予断を許しません。農地の収量もほぼ限界に近いところまできたと言われているし、今後残された手段はGMO(遺伝子組み換え作物、#98)ぐらいしかないようにも思えます。レスター・ブラウン博士(#96)に代表される悲観的な立場の人々の考えが理解できなくもありません。それとも果たして第二のボーローグ博士が現れるのでしょうか。

っで、話はいつも最後は食糧安全保障問題に行き着きます。現在、日本の食料自給率は、先進国中ぶっちぎり最下位の41%ですが、これは連日連夜のマスコミ報道のお陰でかなり認知度が上がってきました。そのせいか、食糧自給率を上げることについては、大方の理解が得られているようです。問題はそのコストを誰がどのように負担するかです。しかしそれが解決されても問題はまだあります。見かけの自給率だけが上がっても、いざ輸入がストップしたら、エネルギー、肥料なども手に入らなくなるし、そうなると結局は食料生産はできなくなります。グローバリゼーションの影響は大きく、どんな問題も一国だけでの解決は難しくなっています。

今年は政権交代もあり、恒例の小麦の価格改定発表も遅れていましたが、やっと発表されそうです。小麦の価格ひとつとってもなかなか決まらないのを見ていると、政治は本当に難しいものだと思わざるを得ません。最後になりましたが、ボーローグ博士のご冥福を心よりお祈り申しあげます。