#153 パンの膨れる理由

小麦粉にはグルテンが含まれていて、このお陰で私たちは小麦粉生地を自由に成型することができます。小麦が穀物の王様になれたのは、その味の良さもさることながら、その加工適性の良さが大きく貢献しています(新着情報#112)。小麦粉を水と捏ねることによって、小麦粉中の代表的なたんぱく質のグリアジンとグルテニンが水と一緒になってグルテンができ、このグルテンが生地中で立体網目構造を形成します(新着情報#113)。

小麦粉生地はよく鉄筋コンクリートの建物に喩えられます。具体的には、グルテンが鉄筋、そしてでんぷん質がコンクリートです。しかしそうは言っても、私たちが目にできるグルテンは、ぶよぶよしたチューインガムみたいなものなので、今一イメージが湧いてきません。そこで、パンの膨れる仕組みを考えてみます。

パンをつくるときは、小麦粉以外ににイースト菌、砂糖、油脂、食塩などの色んな原材料を入れますが、これらは量的な問題に関係しているだけで、本質的な要素は①小麦粉②水③捏ねる動作の3つです。小麦粉に水を加え、捏ねるとグルテンができ、そのグルテンは生地中で薄く拡がり、立体網目構造を形成します。

次に発酵が進むと、グルコースが分解され、エタノールと二酸化酸素が発生します(アルコール発酵)。そしてオーブンで加熱するときもガスを発生し続け、パンはどんどん膨れます。このときグルテンも一緒に延びますが、加熱されることにより活性を失います。つまり熱変性を起こし、伸びきったところで硬くなります。この事実はぶよぶよしたグルテンを、沸騰しているお湯につけるとカチンカチンになり、その柔軟性を失うことからも容易に確認できます。

このようにして、パンの中にしっかりとした骨組みができあがり、これは活性を失っているので冷えても固まったままです。こういう状態をイメージすると、グルテンは建物の中の鉄筋の役割をしているという感じがよくわかると思います。また次の図は、グルテンとガスの発生量について着目したもので、更に理解の助けになると思います:

①ガスは充分あるが保持力不足
アルコール発酵はうまくいき、ガスが充分に発生して生地は膨らんだけれど、それを保持する力が不十分(グルテン不足)だとパンがぺしゃんこになってしまいます。
②ガス、保持力共に充分
膨らんだあとも、充分なグルテンがあれば、パン生地を支えることができます。
③ ガス不十分、保持力充分
アルコール発酵がうまくいかないと、ガスが発生しないので、たとえ充分なグルテンがあっても、パンは膨らむことはありません。

成功例(上記②のパターン)

成功例(上記②のパターン)

膨らまずに失敗(上記③のパターン)

膨らまずに失敗(上記③のパターン)

 

このようにパンがよく膨れるかどうかは、主として小麦粉のタンパク質量の大小によって決まるので、昔からタンパク質は小麦粉の一番重要な指標として扱われてきたのです。一方、うどんについても同様で、生地の成型においては一定量のグルテンが必要です。香川の内麦である「さぬきの夢2000」で打てば、コクのある旨いうどんができますが、ASWに比べグルテンが少ないので、網目構造もその分少なくなります。よって丁寧に捏ねてグルテンの力を最大限に引き出す必要があるのです。捏ね方、熟成時間を雑に扱うと、鉄筋の数が不足し、うどんが切れてしまう結果となります。

最後に興味深い事実をひとつ報告しておきます。これまで何度もグルテンはグリアジンとグルテニンからできるといってきました。小麦粉にはこの二つのタンパク質は一定の比率で含まれていますが、この比率がパンの膨らみにどう影響するのかH.D.Sapirstein 先生が実験しました。結果はグリアジンが多すぎるとパンは充分に膨らまないし、グルテニンが多いと膨らむけれでも、充分ではないこともわかりました。つまり小麦粉にはグリアジンとグルテニンが絶妙のバランスで含まれているのです。偶然の産物か、それとも永い時間をかけ、我々にとって有益なものだけが淘汰されたのかどうかはともかく、自然というのは本当にすごいなあと、素直に感じます。